虚ろな城。
自分を貶めるわけではないけれど、特別出自がいいわけでもない。
ごくごく平凡な、街の外れに家を構えるありきたりな家庭に生れた。
もちろん、生活は幸せであったので、何一つ不満に思うこともなく、幸福だったのだと断言出来る。
しかしこの際、幸せであったとかそうでなかったとかは関係ない。
何が言いたいのかと言えば、自分は生粋の庶民なのだということである。
「すご……」
清楚な花嫁は、マリアベールの内側でひっそりと驚愕の声を上げた。
ほどなくして現れた使いの馬車に揺られ到着したのは、シンラの王城。
外観もさることながら、内部もまた驚嘆に値するものであった。
深海色の絨毯が敷き詰められた廊下を進み、先を行く侍女に遅れないようにと足を動かすが、きょろきょろと瞳は動いてしまう。
謁見の間に続くこの通路は、特に贅をこらしたようで、高い天井から下がるシャンデリアも壁にかかった絵画も、全てが一流品なのだと目利きの衣織には手に取るように分かった。
どれもこれも、売ればいくらになるのだろうかと考えてしまうものばかり。
純粋な美術品として楽しめない辺り、本当に自分は庶民なのだと自覚する。
ただし、少年の口から感嘆の吐息が漏れることはなかった。
何故なら。
「派手過ぎだろ……」
目が眩んでしまうほどの、豪華な装飾を施された通路は、主の趣味なのか聊か騒々しい。
確かに高価な品ばかりだが、どうもこだわりを持って飾っているわけではなさそうだ。
どちらかと言えば行き過ぎた感じも否めず、品がない。
王族というよりは、成り上がり貴族の屋敷のようである。
内心で苦笑を漏らしていると、侍女がピタリと足を止めた。
彼女の向こう側に見えるは、一際豪勢な装飾がなされた大扉。
「こちらですわ。香煉様、ご婚姻おめでとうございます」
微笑みとともに贈られる祝福の言葉に、曖昧に頷く衣織に一礼すると、侍女は下がって行く。
代わって両の扉脇に立っていた衛兵が、声を張り上げた。
「楼蘭族、香煉様のご到着ですっ」
鈍い音を立てながら扉が開き、衣織は背筋を正した。
ここまでは何とかバレずに来ているが、いかに趣味が悪くとも相手は王族。
婚姻式の前に行われる国王との対面は、内々のものらしいけれど気は抜けない。
背筋を正し優雅な足取りで、室内に踏み入った。
謁見の間もまた無駄に装飾過多で、少年は一瞬だけ眉を顰めた。
広々とした空間の中ほどまで進み歩みを止める。
ドレス姿で跪くわけにもいかず、軽く膝を曲げて淑女の礼をすると、半音高くした声で口を開いた。
「楼蘭族長が娘、香煉にございます」
「面を上げよ」
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