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「衣織さんが嫁いだ今夜、婚姻式が行われます。その間、城中の警備は場内に集中し、花突に続く道までの兵は手薄になるでしょう」
蘇次の説明に、衣織と雪は真剣に耳を傾けた。
いつも聞いているのかいないのか、判別の難しい男の珍しい反応に、衣織は胸中だけで驚いた。
けれど、すぐに打ち合わせに集中しようと、頭の中から彼の存在を追い出そうと努めた。
隣に座る雪の存在は、今の自分には辛い。
香煉とのやりとりによって気付いてしまった、己への疑念。
知らぬままでも信じている楼蘭。
知りたいと願う衣織。
教えられないことを、不安に思う衣織。
全てを明かされなければ、雪は信用に足る人物ではないのだろうか。
違う。
自分は信じている。
では、何故知りたいと願う。
彼の隣に、自分は存在する資格があるのだろうか。
衣織は小さく息を吐くと、猥雑な心中を黙殺した。
「で、俺が婚姻式に出席している間に、雪は花突ってとこに入り込むわけだ」
「はい、そうなります」
本当の花嫁を差し出すわけではないので、やはり堂々と赴くわけにはいかない。
雪を花突に到達させるために、結婚話を受けたのだと見破られかねないからだ。
そうなれば楼蘭族の立場も危うい。
「花嫁を嫁がせたことで、敷地内には我々楼蘭族も入ることが出来ます。華真様のご案内はおまかせ下さい」
蘇次の発言に、だが術師は首を横に振った。
「華真様?」
「案内はいらない。一人で行く」
「なりませんっ、そのような危険な……」
「お前らが花突に入ったことが、露見しないとは限らない」
族長は口を噤んだ。
後々、衣織扮する花嫁は賊として姿をくらます。
万が一楼蘭族が花突に侵入したことがバレれば、まさに先に挙げた懸念は解消されない。
しばらく渋い顔を作っていた蘇次だったが、自分たちの問題に雪たちを巻き込んでしまった手前、これ以上は何も言うことは出来なかった。
「その後、俺は逃亡ってわけか。楼蘭と無関係なことをアピールしてくるかね」
「逃げる際には城の裏手にある林にお入り下さい。警備もいないので、楼蘭の者を待機させます」
一つ頷くと、衣織はきゅっと拳を握り締めた。
今は、悩んでいるときではないのだ。
自分が何か失敗をすれば、多くの人間に影響を与えることになる。
やるべき事をまっとうしてから、じっくり考えればいいはず。
まだ、答えは出さなくてもいい。
自分に与えられた役目は、執行猶予でもあるのだと、衣織は正確に理解していた。
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