SIDE:雪

不快なわだかまりを誤魔化そうと、雪は用意された香り高いお茶を、一気に流し込んだ。

当然そんなことで治まるはずもなく、食道を通過していく熱い液体に眉を顰める。

どうしてこんなにも機嫌が悪いのか。

それは雪にすら分からない。

いや、分からないでは語弊がある。

彼が男の元へ嫁ぐ。

腹の底で嫌な重みを主張する塊の原因は、自分のために体を張ろうとしてくれている、衣織の厚意だった。

香煉と名乗った族長の娘も、まったく余計な提案をしてくれた。

もちろん、本当に嫁に行くわけではない。

当然だ。

衣織は男なのだから。

けれど、何故か。

あの美しい黒髪を有する少年が、他の誰かの元へ行くところを想うと、居ても経ってもいられない。

雪の心臓が大声で叫ぶのだ。

「嫌だ」と。

昨夜、どうにかして引き留めようと試みたが、途中から本来の目的を見失ってしまった。

自分にこんな得体の知れない感情を抱かせる彼の存在が気になって、雪らしくもない。

わけのわからない質問をしてしまった。

ふっと自嘲気味に唇を歪めた『廻る者』に、対面に座っていた蘇次がビクリと肩を竦めた。

それを少しも意に介することもなく、術師は今頃慣れない女装に戸惑っているであろう少年に意識を飛ばした。

元が端整な顔立ちだから、恐らくはなかなか見れたものが出来上がるのであろうが、しかし雪には今の衣織が一番魅力的なように思えた。

しかし、同性に魅力的とは何だ。

長い足を気だるげに組み替えたとき、応接間の扉がカチャリと開いた。

「お待たせ致しました」

先に入ってきた香煉は、不思議と晴れやかな顔をしている。

けれど雪は一瞥しただけで、すぐに視線を逸らした。

だが、女の背後から現れた人影に目を見開いた。

「おぉ、これは見事な!」

蘇次が漏らす感嘆のため息。

雪にはそんな余裕すらなかった。

彼の人の名前を呟く。

「衣織……」

そこにいたのは見知った少年であり、全くの別人であった。




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