少年の声に、仕切りの向こうで女は頷いた。

「楼蘭が古より祀る万物神です。この世に生きる総てのものは花神様によって創造され、また花神様の御許へ還る。伝承によれば、『廻る者』と呼ばれる華真様の一族は、花神様の化身であるとされています。私たちが知るのは、これだけです」
「ちょっと待て。じゃあ、アンタらは具体的なことは何も知らないのに、雪に頭下げてんのかっ!?」

雪が花神の化身であるとは分かった。

けれど。

彼らは雪の旅の目的も、その正体も知らない。

それなのに何故、従うことが出来るのか。

着替えの手がピタリと止まり、衣織は愕然とする。

彼らは、自分と同じだ。

自分と同じ、何も知らない。

雪のことなど、何も知らないのだ。

それなのにどうして、こんなにも違う。

楼蘭族と自分では、決定的な違いがあった。

「……知りたいとか、思わねぇの?」

戸惑いに揺れる少年の台詞に返されたのは、あまりに決然としたものだった。

「いいえ、私は華真様を信じていますから」

信じる?

その不気味な単語に、背筋に不快感が走る。

「信じるって何をだ?」

何を信じるというのだ。

何も知らないだろう。

何も知ってはいないのだろう。

雪の手がどれだけ優しいか。

雪の声がどれだけ温かいか。

雪が―――

何も知らない楼蘭族が、雪を『信じる』と口にするのは、とてつもなく奇怪に思えた。

そして唐突に気づく。

自分は知っている。

雪の手も。

雪の声も。

それなのに。

これほど信じる材料を持っているのに。

「貴方は、華真様を信じていないのですか?」




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