□
少年の声に、仕切りの向こうで女は頷いた。
「楼蘭が古より祀る万物神です。この世に生きる総てのものは花神様によって創造され、また花神様の御許へ還る。伝承によれば、『廻る者』と呼ばれる華真様の一族は、花神様の化身であるとされています。私たちが知るのは、これだけです」
「ちょっと待て。じゃあ、アンタらは具体的なことは何も知らないのに、雪に頭下げてんのかっ!?」
雪が花神の化身であるとは分かった。
けれど。
彼らは雪の旅の目的も、その正体も知らない。
それなのに何故、従うことが出来るのか。
着替えの手がピタリと止まり、衣織は愕然とする。
彼らは、自分と同じだ。
自分と同じ、何も知らない。
雪のことなど、何も知らないのだ。
それなのにどうして、こんなにも違う。
楼蘭族と自分では、決定的な違いがあった。
「……知りたいとか、思わねぇの?」
戸惑いに揺れる少年の台詞に返されたのは、あまりに決然としたものだった。
「いいえ、私は華真様を信じていますから」
信じる?
その不気味な単語に、背筋に不快感が走る。
「信じるって何をだ?」
何を信じるというのだ。
何も知らないだろう。
何も知ってはいないのだろう。
雪の手がどれだけ優しいか。
雪の声がどれだけ温かいか。
雪が―――
何も知らない楼蘭族が、雪を『信じる』と口にするのは、とてつもなく奇怪に思えた。
そして唐突に気づく。
自分は知っている。
雪の手も。
雪の声も。
それなのに。
これほど信じる材料を持っているのに。
「貴方は、華真様を信じていないのですか?」
- 148 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]