「数週間ほど前のことです」

語り出した蘇次の話に、衣織はしっかりと耳を傾けた。

対する雪は香煉が運んで来た湯気の立つカップに口をつけている。

自分のことなのだから、少しは聞けと思わないでもないが、これがこの男なのだともう納得していた。

「現国王より、我が一族に申し入れがありました」

楼蘭族は古くからシンラに根付く神官の一族で、王族に次ぐ地位を有している。

シンラ王は楼蘭の助言でしばしば政治を行うほどだ。

「申し出は、そこにいる香煉を王子の嫁にしたいということでした」

壁際に控える娘に目線を投げ、それから彼は渋い顔を作った。

「ですが、それをお受けするわけにはいかないのです」
「なんで?」

蘇次の説明に衣織は首を傾げた。

王家と懇意にしているのなら、両家の結婚も有り得るだろうし、まったく目出度いことのはずだ。

それを跳ね除ける意図が分からない。

けれど蘇次はきっぱりとした口調で言った。

「先にお話したように、楼蘭は神官の一族です。花神様のお声を聞くには純血でなければいけません。娘には一族の血が強い者と婚姻させる決まりがあり、いくら王家と言えど嫁に出すことは出来ないのです」
「近親婚か……」

一般的には行われない形式だが、血に重きを置く一族ならばそれもあり得るのだろう。

納得している少年の横で、白銀の術師がクスリと笑った気配がした。

「なんだよ?」
「いや、別に」

どこか皮肉気に笑う男は、まるで衣織の知らない人間のようだ。

思わず凝視してしまう衣織だったが、雪はわざとのように視線を合わせはしない。

「婚姻をお断りしたために王家との関係は悪化し、今では王城に足を踏み入れるなど、とても……」

項垂れたように続ける族長は、こちらのやり取りに気付いていないのか、一人頭を抱えた。

はっと我に返ると、衣織はふっと浮かんだ疑問を口にする。

「なぁ、どうしても楼蘭族の案内が必要なのか?城のどの辺りに『花突』?があるのか教えてくれれば、俺らだけで忍び込むけど」

それが一体どのようなものなのか、さっぱり見当がつかなかったけれど、こっそりと侵入することは出来るだろう。

カシュラーンの時、立入禁止区域に侵入するのを嫌がっていた自分とは、まるで正反対のことを言っていると、衣織が気付くことはなかった。

「それはなりませんっ。花突までの道程には様々な罠が仕掛けてあり、知らぬ人間が入れば生きて出てくることなど不可能ですっ」

代々族長にのみ口伝で継承される罠の数々を想ってか、蘇次の顔が強張る。

しかし。

「なんとかなんだろ?」
「あぁ」




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