侵入者扱いされているのは明白だろうに、彼の余裕はどこから来るのか。

白い着衣を纏った青髪の女が、揃いの目を見開いたのは次の瞬間である。

「『花神』様っ……!!」


「花、神……?」

聞きなれぬ単語に、少年は眉をひそめた。

なんだ、それは。

女の二つの眼は真っ直ぐに雪に注がれ、まるで言葉を持たぬ生き物のように、小さく口を開いたまま硬直している。

細い肩が小刻みに震え、その姿に衣織はますます困惑した。

「廻る者、雪=華真だ」

名乗る男に彼女はビクリっと過剰な反応を見せるや、乱暴な仕草でカンテラを置き、自ら地へと平伏した。

額を床につける彼女に、衣織はもう何が何だか分からない。

「ろ、楼蘭族長が娘、香煉と申します。ま、まさか本当にお目にかかれる日が来るなどっ……」
「止せ。頭を上げろ」

信じられぬ思いで声を詰まらせた女に、雪は不愉快そうに眉間にシワを作った。

「しかし」
「俺がいいと言っている。聞けないか?」

苛立ちを含んだ声色に香煉と名乗った女は、腰まで届く青を揺らし弾かれたように面を上げた。

それがまた、雪の気分を険悪にさせる。

こんな言い方は本意ではなかったけれど、仕方があるまい。

苦い感情を逃がすように嘆息した。

「……長へ取り次ぎを。『花突』への案内を頼みたい」
「はっ。こちらへ」

従順に従う香煉は再び頭を下げると、若干硬い所作で立ち上がる。

衣織は正面で起こった彼らのやり取りに、何を言うことも出来なかった。

香煉の発言から初対面なのだと理解出来たが、しかし衣織には分からないことばかりだ。

まるで彼女は雪を知っているかのようだし、雪も女の態度に顔をしかめるだけで、相手のことを了承しているようだ。

それに、初めて耳にするワード。

あの居た堪れない感情が胸に押し寄せる。

持て余す名前のつけられない感情が。

何も知らない。

そう何度思ったことだろう。

しかし思えば思うほど、衣織は自分を見失いそうになる。

「衣織、来い」
「あ、うん」

雪の声に我に返ると、衣織は不安の蕾を心に宿したまま彼らを追った。




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