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術師の後に続き、その建造物へと踏み入ると、衣織は透明な空気が肺に流れ込むのを感じた。
浄化された空間はシンッと静まり返り、二つ分の足音だけがやけに大きく響く。
周囲を取り巻く森のせいもあるのか神殿の内部は薄暗く、等間隔で壁に備えられた松明があるものの、火は灯されていなかった。
グルリと視線を廻らせ、自然と呟きが零れる。
「似てる……」
真っ白な柱や壁、高い天井。
茂る蔦や苔。
何より厳粛さを訴える清らかな雰囲気。
ここは先の大陸で赴いた、あの神殿とよく似ていた。
「カシュラーンの神殿も、この一族が建てたからな」
「一族?」
前を進む雪の背に問いかけた時、奥にある扉が鈍い音を立て、誰かのシルエットがその人物の持つカンテラによって浮かび上がった。
「そこに居るのは、誰ですか?」
落ち着きのあるソプラノは、心地よく室内に木霊した。
まさか、自分たち以外にも人が居るとは思わず、衣織はぎょっと肩を震わせた。
砂漠のもの同様、この神殿も捨て去られた過去の遺物なのだと推測していたのに。
これは、無断侵入になるのだろうか。
「面倒なことになりませんように」と願う衣織をよそに、コツリという軽い足音と共に、それはこちらに近付いて来る。
オレンジの暖かい光によって映し出されたのは、青い髪を高く結わえた一人の女であった。
すっと通った鼻梁と、引き結ばれた赤い唇。
深海色の瞳に、衣織は目を見開いた。
相手がなかなか見ない美女だからではない。
まさか、青い髪と瞳を持つ人間がいるなんて。
「ここがどこだか知っての侵入ですか?」
だが、女のこの言葉に衣織の驚愕は一気に醒めた。
やはり立ち入ってはいけない場所だったのだろうか。
逃げる算段をつけた方がよさそうだ、と頭を回転させ始めると、後数歩のところまで迫った彼女が顔の位置まで明かりを持ち上げた。
すでにこの暗さに慣れた自分たちとは違い、相手はこちらの様子を窺おうと、すっと目を細める。
「おい、雪」
「なんだ?」
静かに男のマントを引っ張り小声で囁く。
「大丈夫なのかよ。逃げた方がよくね?」
「問題ない」
けれど、白銀の術師はそう返しただけでアクションを起こそうとはしなかった。
何が『問題ない』のだろうか。
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