「あぁ、消えたな」
「なんでっ!?」
「さぁな」
「え、アンタにもミステリーなわけ?」

げげっと顔を青ざめさせると、衣織はマントを掴む手に力を込めた。

「そんな危険なとこに足入れんなっ、馬鹿!」

術師にすら分からない怪奇だなんて、あまりに恐ろしい。

何かあったらどうするというのだ。

「っ……く」
「……『つく』?」

なんだ、それは。

答えは白銀の男が、口元に手をあてたことで明かされた。

「笑ってんじゃねぇっ!」
「いや、悪い……お前があんまり必死だからっ……」
「はぁ!?必死で何が悪いんだよっ。あークソ、人が心配してやったっつーのに」

「勝手に消えとけっ」と雪を突き放し回れ右をしようとした衣織は、細長い指に手を引かれ術師の眼前へと舞い戻った。

「行くな」
「……っ」

引き寄せる力は決して強引ではなかったけれど、少年の華奢な体はすんなりと雪の腕の中へと吸い込まれる。

金色の双眸が真剣なものへと変貌し、衣織の心臓は不穏な脈を打ち始めた。

あぁ、まただ。

また、こんなにも胸が苦しい。
上手く呼吸が出来ていないのか、それとも己を取り巻く酸素が、目の前の男によって薄くされてしまったのか。

「わ、かった。分かったから……離せ」

どうにか彼から視線を外し、口にした要求はあまりに弱々しかったけれど、術師はあっさりと衣織を解放した。

それはこちらが、僅かの寂しさを感じてしまうほど。

「ここには、術がかけられている」
「あ、うん」

まるで今の出来事などなかったかのように説明が始まり、少年は不可解な内心を無視せざるを得なかった。

「水のエレメントだ」
「水?」

一つ頷き雪が再び足を踏み出す。

するとやはり、悪い冗談のように彼の右足は消えてしまった。

「ついて来い」

そう残すと、今度は戻って来ることもなく完全に雪の姿が消失する。

さっきまで傍にいた男は、今や跡形も無く消え去り、衣織はしばしの逡巡の後、大きく息を吐いた。

「クソっ。なんなんだよ、マジでっ」

ぐっと足裏に力を込めて、ソコへ飛び込んだ。

「ってうわっ!?」

何がどうなるのか予想すらつかなかった衣織の体は、ポスッと軽い音を立てて広い胸に抱きとめられた。

少々、勢いをつけ過ぎた。

「おい、どう言う……」

自身なんの変化も見られず、問いただそうと見上げた雪の肩越しに捉えた世界に、少年の言葉は不自然に途切れた。

果てしなく続く深い森が、正面には広がっているはずだった。

何の変哲もない、緑の海が。

けれど、違った。

濃いグリーンを従えながら、白い石柱に蔦を絡ませそびえるは、清い香りを放つ神殿であった。




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