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「面白くねぇツラしやがって」
「はい?」
だが、耳に入った信じられない台詞に、神楽の心は強張った。
「どう言う……」
「申し訳ございませんっ、遅くなりましたっ」
尋ねる言葉は、デッキに現れた金髪の女によって遮られた。
赤の軍服をなびかせながら、高いヒールを打ち鳴らす。
「遅せぇ。何やってたんだ」
「申し訳ございませんでした」
頭を下げる大佐は、言い訳は恥と考えているらしく、必要な報告時以外は理由を口にしない。
人一倍高い矜持を誇るがゆえなのだが、しかし場面によっては悪癖にもなり得る。
「今後は気ぃつけろよ」
「はっ」
纏められた頭をポスッと叩くと、碧はそれ以上追求することもなく飛空艇の搭乗口へと足を向けた。
今回の任務で連れて行くレベル3の人数は、特に指定されていない。
シンラに同行させるのは、彼の副官の紫倉だけ。
戦力的には何の問題もないだろうが、内心だけで驚いた。
「充填終了。エレメント状態良好。いつでも発進可能です」
技術員の言葉にカルテへと意識を戻し、神楽が眼鏡を押し上げた時だった。
「おいっ」
今まさに乗ろうやという男が、こちらを振り返って薄く笑っている。
早く乗れ、と胸中でうんざりしつつ青年は「何か?」と目だけで問うた。
「俺が上司になれば、何でも言うこと聞くか?」
「碧様?」
これには、背後についた紫倉が眉をひそめた。
一体どういう意味だと、碧ではなく神楽に視線を飛ばす。
敬愛する男の発した言葉は、まるで。
「っ……」
紫倉は息を呑んだ。
唐突に彼女を襲ったのは、ただの勘に過ぎない。
けれど、武官としてではない。
女としての勘が、この先に起こるであろう事態を警告したのだ、
あの男を、彼に近づけてはならない。
繊細な美貌を有する、あの男を。
殺気にも似た鋭い視線を突きつけられて、神楽は艶然と唇を歪めた。
彼女の不安など青年には手に取るように読めてしまったから。
その浅はかな思い込みは、むしろ醜い。
多少の侮蔑も込めて、神楽は言葉を紡いだ。
「聞くと思いますか?」
尊大な態度に、碧は満足そうに声を上げたのだった。
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