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「エネルギー充填完了まで、三十秒」
技術員のオペレーションを耳に入れながら、テスト通りの流れに神楽は一人手元のカルテに数値を記入して行く。
飛空艇開発の総責任者として、まだ試験段階の機体に安心することは出来ないのだ。
当然、技術員が別にデータを採ってはいるが、自分で採取したものを彼は毎回手元に残していた。
「準備出来たか?」
背後から聞こえた声に、オペレーターの声を聞き逃しそうになった神楽は、不機嫌に眉を寄せた。
「……後数秒で完了します。もうご搭乗になれますので、どうぞ?」
傍らに立った長身の上官に横目だけで答えるも、碧は気にした様子一つ見せずに眼前の鉄の塊を眺めている。
彼らが立つのはイルビナ軍フロア1。
搭乗口までのブリッジはすでにスタンバイしている。
「まだ紫倉が来てねぇんだよ」
「清凛大佐が?」
これは珍しいこともある。
生真面目な彼女が定時前に到着していないとは。
おまけに相手はこの男。
訝る神楽に向かって、碧は犬歯を覗かせた。
「あいつが来なけりゃ、お前が一緒に来るか?」
「嫌です」
間髪入れずに拒絶。
即答の見本ともいえる素晴らしい速さの返答に、碧は楽しそうに喉を鳴らした。
露骨な嫌悪を示したところで、この男相手では不快感よりも興味を呼んでしまうらしい。
ククッと笑う碧に、神楽はどんどん険悪な表情になって行く。
平生の能面はどこにいってしまったというのか。
どんな感情も秀麗な微笑の下に隠してしまう自分の特性は、今は姿を潜めてしまった。
「お前だってレベル3くらいの力あんだろ?来いよ」
「お断りします。私は文官ですから」
つっけんどんな物言いは、さらに中将を喜ばせる。
心の中だけで舌打ちをすると、神楽はひっそりと深呼吸をした。
少し感情的になり過ぎだ。
さらりと受け流すことが一番の得策だと理解しているはずなのに、まったく何をやっているのか。
「ご命令とあらば従いたいところですが、何分私の直属の上官は火澄様だけですので」
淡々と返すことに成功すると、ようやくいつもの自分が帰って来た気がした。
真意を見せるなど、どうして出来よう。
そんな愚鈍なマネ、自分には似合わない。
完璧な仮面を作り、内心でようやく息を吐いた。
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