命令。




SIDE:神楽

「ここは、貴方の執務室でしたか?碧中将」

抑揚のない平坦な声を耳に捉え、長身の男は行儀悪くデスクに乗せた長い足を組み替えた。

イルビナ軍本部、フロア7。

たった一室しかないその階には、火澄大将の執務室があるのみなのだが、青年が控えめなノックと共に開いた扉の先では、予想を裏切る人物がそのデスクに居座っていた。

眼鏡のブリッジを押し上げると、レンズの向こう側に見える青みがかった双眸が、微かな不快を主張する。

「火澄のヤツが研究所に行ってんだよ。代わりに俺が報告を受けることになってる。長期任務だったんだってな」
「えぇ」

短く答える繊細な美貌の持ち主は、犬歯を除かせながら薄く笑う男を、持参した報告書に目を落とすフリで視界から追い出した。

まったく、相性が悪いと知っているくせに、上司も嫌なマネをする。

「俺も面倒なんだよ、さっさと報告しろ」
「分かりました」

余計なことは一切言わず、自分よりも一階級だけ高位にいる男に向かって、神楽=翔庵少将は報告を始めた。

「ネイドにて潜入任務を遂行。中途報告の際に追加された任務も完了しました」

すっと差し出された厚みのある報告書を、面白くなさそうにペラペラと流し読みをする碧に、内心でうんざりしつつも面に感情を見せることはない。

「レジスタンスを誘導し、内乱の形は出来上がりました。また、ダブリアにて清凛大佐を退けた民間人二人と接触。内一人を『廻る者』と確認」

翔として潜入中、ソウを不審に思った神楽は、彼の正体を暴くため火澄への中間報告と併せて、データベースの照合を依頼。

返されのはソウが露草であるという情報と、もう一つ。

ダブリアにて清凛大佐が民間人に撃退されたという話だ。

二人組の詳細情報を求められ、カシュラーンにやって来るであろう少年たちを待ち伏せし、現れたところで襲撃にかかった。

神楽はラキが衣織に吹き飛ばされたとき、介抱をする素振りでひっそりと少女の胸からペンダントを切り落とし、それを切りかかったタイミングで黒髪の少年のポケットに滑り込ませた。

以前聞いた、そのペンダントが今は亡き少女の、父親からの贈り物だということを利用したのだ。

案の定、取り乱したラキは必死になってペンダントを探し、二人を観察しやすい位置に抱き込むことが出来た。

「廻る者……」

何事かを考えるように零された言葉は珍しく、米粒ほどの興味が湧いたが、アッサリとそれを握り潰す。

早々に全報告をして、この男の下を去りたかった。

「詳細は資料をご参照頂きたいのですが、試験中術札『花』による攻撃を完全防御されました」
「大した術師だな」

白い術札。

現在イルビナ軍で研究されている、とあるエネルギーを利用したものなのだが、その強烈な攻撃を白銀の術師は防いだ。




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