砂漠の太陽。




「じゃあ、泊めてくれてありがとな」

カシュラーンの城門で、衣織は見送りに来た二人に手を上げた。

雪の目的が果たされた今、この国に滞在し続ける意味はなかった。

反総領主思想に対し、これから露草たちがどのように立ち向かっていくのか。

それは衣織が口を出す問題ではない。

気にはなるが、この国の問題はこの国を想い住まう人間が対処するだけである。

神殿から戻った時、少女の顔つきが変化していたことを敏感に察したのだが、この分ならば上手くことが運ぶだろう。

決意と覚悟を宿した人間ほど、強い者はない。

幼き彼女の傍には、共に戦う男がいる。

この国はきっと素晴らしい再生を見せるはずだと、衣織は確信めいたものを抱いた。

「いや、こっちこそ色々世話になったな。葉月、しっかり送ってけよ」
「承知しています。露草様こそ、私が戻るまでに書類に目を通しておいて下さい」

露草の厚意でここから程近い港までは、葉月の運転するジープに乗っていくのだが、念を押したつもりが藪蛇になってしまったと、若き総領主は苦笑した。

すでに後部座席に乗り込んでいる雪が、特に何かを言うことはなかったけれど、彼らはもう術師の性格を把握しているようで、気分を害した様子は見えない。

「ほら、ラキも何か言え」
「……」

オレンジの髪を風に靡かせる少女は、露草の隣でさっきからずっと俯いたまま、一言も喋ろうとはしない。

妹がいたらきっとこんな感じなのだろうか。

衣織はその小さな頭を優しく撫でてやった。

「これから大変だと思うけど、あんたなら大丈夫だよ」
「衣織」
「ん?どした?」

囁くように呼ばれて、少年はラキの口元に耳を寄せた。

途端、ぎゅっと細い腕が首に巻きつく。

「わっ、ちょっ……」
「ありがとう、本当に、本当にありがとうっ……。衣織がいたから、アタシ、色んなことに気付けたよ」

慌てて細い体を引き剥がそうとした手は、ラキの潤んだ声によって動きを停止させた。

少女の肩越しに露草と目が合って、衣織はふっと体から力を抜いた。

ポンポンと子供をあやす手つきで抱きしめ返す。

「アタシ、絶対この国を変えるからっ……。みんなと一緒に、頑張るからっ……」
「期待してるから、頑張れ」
「うんっ」

熱砂の地に足を踏み入れたのは、そう前のことじゃない。

この国で過ごした期間はあまりに短かったけれど、衣織の記憶には強い印象を植え付けている。

起こった一つ一つの出来事は、どれも鮮明に描き出すことが出来て、身を置いた間の凝縮された濃い事件は、ネイドに咲き続ける太陽と、それを守護する王に対する愛着を生んだ。

面倒事を嫌い回避し続けた自分が、今や他国の未来が輝かしいことを、切に願わずにはいられない。




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