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一度見た光景に、今度は驚くことはなかった。
けれど、込み上げる熱い激情に声を失くす。
自分は何も知らない。
何も知らされていないのだ。
一連の儀式を見知っていたとしても、雪から明かされたことなど、一つも持っていない。
疑問は後から後から浮上して、けれどどうしたって口は閉ざされたまま。
端整な面に繊細な笑顔を宿したまま、衣織はぐっと肩を怒らせた。
昨夜抱いた不安の種は、確実に少年の胸に根を下ろした。
どうして彼は何も話してくれないのだろう。
自分は傷ついているのではない。
悲しむ理由がない。
ただ、怒りを覚えているだけだ。
一緒に旅をする人間として、必要最低限の情報も与えられないなんて、こんな不条理なことがあるだろうか。
腹を立てているのだ。
けれど、不安を苛立たしさで誤魔化していると、頭の片隅では気がついていた。
「終わった」
ようやく振り返った雪は、やはり何事もなかったかのように眉一つ動かしてはいない。
ただ、衣織を視界に入れるとボソリと零した。
「やはりお前は、平気なのか……」
「は?」
その言葉の意味も、少年には理解できなかった。
ジリジリと内面を引っかく厄介なもの。
衣織は脆く寂しい感情を、どうにか心の奥へと沈ませたのだった。
それが最早、手遅れだということを、どこかで認めながら。
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