無知。
廃墟は神殿のようであった。
砂に半ば埋もれるように存在する白亜の建造物は、フェンスを越えた瞬間から、厳粛な空気を醸し出している。
誰に言われたわけでもなく、衣織は自然とそう理解した。
先を進む雪の背中は、先ほど短い階段を上り内部へと消えて行ったばかり。
緊張感に耐えながら、少年は後に続いた。
朽ちかけの入り口を潜ると、体感温度がぐっと下がった。
所々に明り取りがあるとはいえ、日光の入りにくい内部は、外の暑さが嘘のように涼やかである。
「広い……」
呟きは驚くほどよく響いた。
自分の発した小さな声は、ぐわんぐわんと妙に反響して、衣織は居た堪れなくなる。
この中で、自分だけが異質の存在のように思えた。
あちらこちらに苔が生し、忘れ去られて久しいものだと主張している神殿だが、この広いホールを支える石柱や壁はどっしりと揺ぎない。
白銀の術師は、部屋の中央に佇んでいた。
自分と異なり、彼にはこの神秘的な世界がよく似合う。
どこか自虐的な気分で考えていると、衣織に自覚はなかった。
「で、何すんだ?」
雪の数歩後ろで立ち止まる。
さっきよりも大きな声には、更に強いエコーがかかったが、意味を捉えることは出来た。
やはり浮かんだ居た堪れなさから目を逸らすと、衣織は平静を取り繕う。
「朝一番に露草に立入許可取ったんだから、何か重要なことなんだろ?」
「あぁ」
短い肯定は、顧みられることもせずに与えられた。
こちらを向かない美貌の男。
どうしてだか、それを堪らなく不愉快に感じる自分。
「何やるんだよ?」
声に滲む焦りの色。
喉が急に干上がり始める。
金の光が見えないことが、不安だった。
不愉快で、何より不安。
それは、この世界において、衣織だけが異質の存在だから。
少年の感じた居た堪れなさも、不安も。
すべては己が身を異質だと感じるからであった。
この場に自分の立っている不自然を、ひしひしと実感させられる。
悠然と砂漠に咲く厳かな神殿は、雪の来訪を知っていたように思える。
その目的も。
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