稀人は死を告げる。
「すげ……」
木々の途切れた瞬間、先ほどまでの白い攻撃が嘘のように消え去った。
だが、衣織はそんなことにも気付かず、ただ呆然と目の前の黒い塊に見入っている。
身の丈を越す黒水晶は、両手を広げても余りある大きさで、不思議に輝く側面に衣織の姿を映していた。
地面に埋まるようにして存在する黒水晶にしばし心を奪われ、ようやく我に返った彼はひどく嬉しそうに頬を緩めた。
「これ、いくらになるかな?」
山賊に追われて逃げ帰るだけなんて、わざわざソグディスに登った意味が無い。
何か一つでもいいから利益を上げたいものだ。
「絶対にけっこうな値段になるよな。欠片だけ、採ってくか」
腰に下げたダガーを取り出すと、衣織は黒水晶目がけて刃を振り下ろした。
ガツッ!!
鈍い音が耳に入ったのと、衣織の体が仰け反ったのはほぼ同時。
「は?え?お?」
手元のダガーと水晶を交互に見ながら、目を白黒させる。
黒の存在には、傷一つ付いていない。
あまりの硬度に、ダガーごと弾かれたのだと理解するまでしばらくかかった。
「マジ?」
尊大な様子で鎮座するそれに、呆れたような顔になる。
傷も付かないなんて、信じられない。
「どんだけ硬いんだよっ。くそっ。仕方ない」
そう言うと、衣織はコートの内側に手を差し込んだ。
こんなお宝を前にして、すごすご引き下がるわけもない。
ホルダーから取り出したのは、洗練されたデザインの一丁の銃だった。
いくら軍事大国ダブリアと言えど、そうそう一般人がゴツイ一品を持っているわけも無いのだが、衣織はこの銃ともう数年の付き合いになる。
「弾高いんだからなっ」
黒水晶を持ち帰ったら、弾代にも使ってやる。と心の中で呟いた。
金に取り憑かれた彼の頭からは『遭難』していることは抜け落ちている。
照準を合わせ安全装置を外すと、衣織は慣れた様子で引き金を引いた。
バンッ!!
何かが破裂するような音。
消炎の臭い。
覚えの無いかん高い小さな音が、鼓膜の奥に響いた気がする。
衣織は目を見開いた。
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