寒さも足場の劣悪さも気にならなかった衣織は、カサバの花が生い茂る洞窟を覗き込んだ時、ようやく真実を悟った。

数刻かかって到達したソグディス山の中腹の洞窟には、蓮璃の言う通り確かにカサバはあった。

真っ赤な花弁は白の世界で一層鮮やかに存在を主張していて、きっと素晴らしく美しかったはずだ。

けれど衣織の目には、そんなものは映らなかった。

カサバの花と共に別のものがいたから。

カンテラの光を受けて、洞窟の入り口に呆然と突っ立っていた衣織を凶悪な眼差しで振り返ったのは、数十の極悪面。

そこは山賊の隠れ家だったのだ。

「あー、なんで蓮璃の言うことなんて信じたんだよ、オレっ!」

今更悔やんだところで仕方ないとは分かっても、衣織は後悔せずにはいられない。

自分に気がついた山賊たちから、どうにかこうにか逃れることが出来たと思ったら、あれほど気をつけていたというのに、遭難してしまった。

この山の中では、今が昼なのか夜なのか。

それすらも判別出来ない。

艶やかな黒髪を掻きむしった後、しばし動きを停止。

「……ったく、しゃーない!」

ここで自己嫌悪に陥っていても、体力も熱も奪われるだけだ。

すくっと立ち上がると、彼はしっかりとした足取りで歩き始めた。

そうそう簡単に命は諦めるものか、と瞳を輝かせる衣織の容姿は、そんな逞しさを秘めているようには見えない。

細い身体は十七歳と言う年齢に見合った、少年の域を完全には出てはいないもので、彼の整った顔立ちも同様だった。

170を少し過ぎたばかりの身長と、しなやかに伸びる四肢。

長い睫毛に縁取られた瞳は、光を宿して強気に見える。

項にかかる黒髪は、雪を戴いて輝いていた。

「あ?あれ、なんだ?」

不意に衣織は足を止めた。

林立する緑の先、何かが見える。

初めはそれに気がつかなかった。

樹木の闇と同化して分からなかったのだ。

だが、ここまで足を進めれば嫌でも認識してしまう。

衣織の数メートル先。

森の中の開けた場所から覗くもの。

目を細めてそれを見極めようとした。

「岩?…あっ!」

次の瞬間、衣織は目を見開いて駆け出した。

彼の瞳に映し出されたのは、怜朗と輝く巨大な黒い水晶だった。




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