露草と共にセカンドブロックへ行こうとした雪は、背後で感じた術の気配を不審に思い、足を戻したのだ。

「術の気配?」

怪訝な顔をする衣織に雪はコクンと頷く。

「妙な動きだったんだ、本来の精霊の動きではなかった」

何かが間違っている。

明確には言えない確実な不審を、雪は肌で感じ取った。

密やかな不安とも言おうか。

本来あるべきものの中に、誰にも気付かれず異質の何かが紛れてしまったような。

そして、戻ったファーストブロックで見た光景に言葉を失くす。

壮絶な惨状だった。

レジスタンスも私兵も関係なく、夥しい数の屍が赤い雨を降らせていたのだ。

折られ畳まれたかのように、不自然な方向に四肢を曲げた人影。

無数の傷から生ぬるい血液を流す者。

閉鎖的な空間は、凄惨な悪夢のようだ。

立ち尽くす雪を我に返らせたのは、身を震わせる異常なエレメントの香りと、悲劇の中で唯一生き残っていた艶やかな青年の姿であった。


――あぁ、雪さん。やはり戻って来てしまいましたか
――……どういうことだ?
――どういう、とは?


金色の双眸を細める雪に臆するでもなく、翔は余裕に笑みで問い返す。

いっそ清々しいほどに平生と変わらぬ青年。

この死の世界で、不自然過ぎる微笑。

僅かな苛立ちを覚え、雪の声は急激に冷気を帯びた。


――お前……一体なにをした? 
――何かおかしな点でもありましたか?


この時点で、翔は雪に対し仮面を外して見せていた。

凶悪な素顔を。


――これは、正常ではない


しかし、術師の脳裏には翔がレジスタンスの裏切り者であるとか、大量虐殺を行った人物であるとか。

そんなことは一片たりとも浮かばなかった。

ただ、雪は低く呟いたのである。


――このエレメントは、なんだ?


瞬間、翔が口元を綻ばせた。


――分かるということは、やはり貴方は『廻る者』なのですね。


翔の懐から取り出された一枚の白い札に目を見開いた雪は、そこで意識を失ったのだった。




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