真相。
虚ろな眼で少女はソファの上で膝を抱えた。
真っ赤に腫れ上がった瞳からは、もう涙は枯れ果てて久しい。
それでも心からは、絶えることなく悲しみの雫が溢れているのだと、誰しもが分かった。
場所は露草の邸宅であった。
身分に似合わず華美と豪奢を排除した応接間には、露草の右腕である葉月も同席していた。
「んで、なんで総領主様がレジスタンスなんかに潜ってたんだよ?」
ラキの様子を鑑みれば、事の全容を明かすのは後日の方がいいように思われた。
けれど、現在のネイドの状況ではそれも難しいのだと、衣織は知っている。
策略によって広まってしまった反総領主思想への対応に追われ、露草たちにあまり時間はないはずだ。
「俺が総領主位に就いたのは三ヶ月前なんだが、それ以前からレジスタンスの存在は知っていたんだ」
ラキの横に腰掛けた露草は、傍らの少女を気にしながらも口を開いた。
露草は政府発足を目的とするレジスタンスが、この一ヶ月で急速に活動を活性化させたことを不審に思い、自ら潜入捜査に乗り出した。
知れ渡った『露草』ではなく『ソウ』として。
反対されると知っていた彼は、葉月にすら潜入先を明かさず、ただ『しばらく邸宅を空ける』とだけ残して行ったらしい。
何か考えがあるのだと察した葉月は、その間総領主の代わりに全ての執務をこなしていたのだが、時折届く露草からの手紙の内容はきちんと実行していた。
しかし、その手紙が曲者だった。
露草が総領主位に就いたのと同時期にレジスタンス入りを果たした翔は、ソウが露草だと調べるや葉月に露草と偽って手紙を送ったのだ。
露草自身、一度潜入してからは葉月とは一切のコンタクトをとっていなかった。
最後に届いたとされる手紙には、ファーストブロックの場所とレジスタンスの殲滅が指示されていた。
内心首を傾げた葉月であったが、君主の命とあれば背くことも出来ず、私兵を出陣させたのだ。
「申し訳ございませんっ!!」
直立したまま勢いよく頭を下げた葉月に、放心状態のラキですら目を丸くした。
表情を窺うことは出来ないが、彼の声は聞き手であるこちらが苦しくなってしまうほどの、悲痛な後悔の色がまざまざと現れていた。
「お前のせいじゃないって言っただろ?」
「しかしっ……」
弾かれたように顔を上げた葉月は、君主の鋭い視線に言葉を詰まらせた。
その話はもう終わったのだと、彼の瞳は語っていた。
大勢の人間の命が、葉月の号令によって消されたのは事実。
けれど、露草は葉月に何ら罪を見出さなかった。
むしろ、自分こそが罪人だ。
口に出したい自責の念を、ぐっと腹の底で堪える。
葉月がよけいに自分を責めてしまうと、容易に想像できたから。
「ま、その後は知っての通りで。俺が1人でファーストブロックに戻ってきたソウさ……あー、露草様?を疑って……」
重苦しい雰囲気を紛らわすために衣織が口を開けば、流石に葉月も追っては来なかった。
「露草でいい。『サマ』とか付けられるガラじゃねぇよ」
苦笑交じりで笑う露草は目だけで少年に礼を言う。
「じゃ遠慮なく。露草を疑って翔が正体を暴露、ここまでは綺麗にヤツの筋書き通りだよなぁ」
衣織の口から出た名前に、露草の横に座るラキの肩がビクリと反応した。
部屋にいた誰もが彼女の様子に気が付いたけれど、何も言わなかった。
ただ、露草が優しく少女の頭を撫でただけだ。
「つーか、兄ちゃんはどこ行ってたんだ?」
当然の疑問に、雪は実に淡々とした調子で説明を始めた。
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