悔いるべきもの、惜しむべきもの。




「なりませんっ。そんなことをすれば、露草様の立場が……」
「そんなもん知るかっ!」

右腕の言葉を総領主は声を荒げて跳ね除けた。

露草の肩から腕にかけては包帯が巻かれ、戦いの疵は生々しい。

総領主の私室では先ほど主から聞かされた提案に、葉月が猛烈な抗議を行っているところだった。

「よくお考え下さい。まだ着任して三ヶ月、地盤も固まっていない状況で、そんなことをなされば商人ギルドも納得致しません。ここぞとばかりに総領主の椅子から引き摺り下ろされてしまいますっ」
「思想は同じだ。これ以上、国に血を流させるわけにはいかない」
「しかしっ!!」

尚も言い募ろうとした葉月を、露草は鋭い眼差しで黙らせた。

「俺がこの地位に就いたのは、理想のためだ。それが達成されるなら、総領主という肩書きに未練はない」

確固とした決意の眼に、声を失った。

すべてを覚悟の上で、君主はソレを言ったのだ。

地位や富に執着しない彼は、葉月にとって誰も代わることの出来ない唯一絶対の主であった。

諦めたように一つ吐息を零すと、彼は露草に仕方ないといった顔を向けた。

「露草様が望むのならば、仰せのままに致しましょう」

赤い髪の青年は柔らかく微笑むと、真っ直ぐに伸ばした背中で部屋を出て行こうとした。

主が決めたのならば、自分はそれを全力でサポートするまでだ。

「葉月」

投げられた呼びかけに、扉の前でピタリと足を止める。

「お前のせいじゃない」

言われた瞬間、視界が歪んだ。

葉月は唇を強く噛み締める。

声が震えないように、けれど肩が小刻みに動くのは堪えられそうになかった。

真相が明かされてから、己の浅慮を責めなかった時はない。

襲い来る自己嫌悪に押しつぶされてしまいそうで、けれど償いをする前から嘆くなど、どうして許される。

自分はれっきとした咎人なのに。

「申し訳、ありませ……」
「お前がいてくれて、よかった」

紡いだ言葉は、露草の優しい信頼によって塞き止められた。

頬を伝う雫を拭うことも出来ず、葉月は顔を俯かせたまま主を振り返り、深く頭を垂れたのだ。




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