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「大丈夫だ」
囁きは水のようだった。
至近距離で紡がれた言葉は、錯乱した衣織の心に入り込む。
冷たい掌が目元に被さり、そっと目蓋を閉じさせた。
背後から優しく抱きしめられる感触と、頬を滑った誰かの髪。
響き伝わるトクン、トクンという鼓動。
「っ、はっ……はっ……」
「ゆっくり呼吸を。そう」
耳に直接吹き込まれ、無意識にその声に従った。
「衣織」
サラリと黒髪を梳くように頭を撫でられる。
安心出来る手だった。
信用出来る手だと。
誰かも分からずに、衣織は理解した。
「大丈夫だ、何もない。恐がることは、何もない」
「……っ」
嗚咽が零れた瞬間、自分を抱く腕に力がこもる。
あたたかい。
そう感じた時には、波立っていた内情は大分落ち着きを取り戻していた。
「平気か?」
問われた声に、衣織はゆっくりと背後を振り返った。
「せ、つ」
金色の眼で自分を見つめる白銀の術師の名を、少年はそっと呟いた。
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