溢れる。
「……っ」
降り注ぐ流水にのって、薄い緋色が排水溝へと消えていく。
少年はきつく眼を瞑り、身を打つ慈雨に荒い息を吐き出した。
「はっ……くそっ」
紅を剥ぎ落とした衣織の顔は、紙のように蒼白で震える肩はひどく頼りない。
それは黒髪から被る冷水のせいだけではないと知っていた。
自身の体をかき抱くように腕を回し、狭いバスルームの中で嘔吐感を堪えた。
手に残る感触に呼び起こされる忌まわしき記憶。
封じ込めていた感情が、数年のブランクを埋めるように脳内を占拠する。
こうなると分かっていたから。
アレの存在を極力意識しないようにして来たのに。
窮地に立たされたときに手が触れたのは、最も嫌悪すべきものだった。
「最低だ……」
タイルに背を預け零した台詞は、自嘲と言うには悲痛すぎる。
清められていく体が本質的に浄化されることがないと、衣織は頭の片隅で理解していた。
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