神官と楽士 2/2

ナーマエはカーラーンが去っていった方向を見つめその場にたたずんでいた。疑問が渦を巻いていた。そしてこの疑問の正体こそがナルサスの言う裏の事情であった。

ナーマエはカーラーンの言動がふしぎでならなかった。話に聞いた彼は裏切り者だったのだ。

――けれど

ルシタニアに下ったはずのカーラーンが自分に手を出さなかった。そればかりか日の国を友好国だと、そうはっきりと呼んでいた。

ナーマエには、カーラーンがパルス国を裏切ったようには思えなかったのである。

ぐらぐらと地響きがするような気がした。カーラーンの部隊が列をなしてこの山岳地へやってくるのだ。その地響きの音とわずかな振動の中で、ナーマエは、カーラーンが示したある人物についてを考えていた。

カーラーンは王都に出向いて欲しいといっていたけれど――
王都にだれがいるというのだろう?

それを考えこもうとすると、突然、14歳の王子の姿が彼女の頭にあらわれて、そして次の瞬間、それがぐらっと揺らめいた。ナーマエはどきっとする。

そのとき周囲で騎兵がざわめいた。ナーマエは我に返る。そうだ。足止めをくらったのだった。騎士たちが槍を向け、彼女の周囲に立ちはだかっていた。

ナルサスは――!

ナーマエはあわてて森の声をたどったが、頼みの綱のナルサスは崖の上の森の中にいて、そこから自分のいる場所は見えなかった。

風がごうごうと鳴り、吹き抜けていった。心臓が早鐘を打っている。ナーマエの頭に、若い王子の姿がうっすらと残っていたのだ。

ナーマエは手綱をにぎりしめ、静かに言った。

「騎士さま。槍をお引きください。逃げたりなどはいたしません」



「アルスラーン殿下、どうかなさいましたか?」

月が青ざめている。その月をふとながめていると急に風が強くなってきた。エラムの声にアルスラーンははっとした。この決戦の日、少年たちは2人で夜の森に身を隠していたのだ。

アルスラーンには心配事が2つあった。ひとつめはカーラーンが自分の首を狙ってここへやってくること。ふたつめは、自分につかえる異国の使者が、ひとりで馬を走らせに出てから戻ってこないことだった。

「ナーマエは――彼女は武器をもっていないが、無事だろうか」

アルスラーンはそう気にかけた。するとエラムが周囲を警戒しながら答えた。

「……ナーマエさまは日の国の使者です。このパルスまでの道のりを無事に越えてこられたのです。もしなにか起きたとしても、きっとどうにかなさることでしょう」

アルスラーンはすこし肩を落として言った。

「そうだな。エラム、おぬしの言うとおりだ。私は心配が過ぎるようだ」

そうは言っても王子の案ずる気持ちは消えなかった。もっともエラムの説明は理にかなっていたのだが。

そんな王子に気づいたのか、ふとエラムが励ますように続けた。

「殿下、大丈夫です。ナーマエさまを信じましょう」

やがてアルスラーンは遠く崖下をながめやった。小さな松明の炎が行列をなしてこちらへ近づいてきていた。

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