ナルサスの思惑 5/7
一瞬、ナーマエの頭に、王宮で聞いたナルサスの浮名がよぎったが、まさか、とすぐに消えていった。
ナーマエは複雑な気持ちでいた。隠していたわけではない。ただ言うタイミングを逃していたのだ。それに彼女としては森の声が聞こえれば十分だった。
それを知ってか知らでか「先ほどの話に戻るが」と、ナルサスは淡々と言った。
「それなら無条件で引き受けるほかない」
ナルサスは続ける。
「もともと対価などいらぬ。おぬしがアルスラーン殿下の、この国のために仕えてくれれば、それだけで意味がある」
ナルサスはきっぱりとそう言うのだった。ナーマエはナルサスの顔をまじまじと見つめた。ナルサスは言う。
「おぬしは知らんのだ。日の使者には目に見えぬ効力がある」
ナーマエはまばたきした。
自分がそんなに高く買われていると思わなかった。そこまで言われると、逆に不安気だ。
もしかしてこれはまた冗談で、パルスの知恵者になにか思惑があるのではないか。ナーマエはだんだん、この言葉が本当かどうかさえよくわからなくなってきた。
「……からかってませんか」
「心外だな。そう思うならそれでいいが」
ナーマエはナルサスを見つめるが、ナルサスは取り合わなかった。
それでもこの国を学べると聞いてナーマエは安心した。
結局、ナルサスは様々なことを考慮し、知識を分け与えてくれる。そこに自分への配慮も含まれている。
そう思うと今度はためらう気持ちが生まれた。ただで教えてもらうのは気が引ける。
ナーマエがそれを伝えると、ナルサスは短く苦笑した。
「大したことではないが」
と、ぽつりと言葉を紡いだ。
「もし望むとすれば、知識を、日の国を教えてくれ。おぬしが国に帰ってから長く時間が経っている。政治、文化、近隣国まで、おれは知りたい」
そこに、ほんの一瞬、彼が傾ける情熱が、彗星のごとく現れて消えていったような気がして、ナーマエは目を大きくした。