ヤマケンくんから逃げ帰ってから三日間。わたしは自分がどうしたかったのか考え続けた。彼になんて言ってほしかったのか、その答えはとっくにわかっていたはずなのに、自分が傷つきたくないから知らないふりをしていた。本当はあのとき、だしに使われたのだとしたら悲しい、そう思った。「好きなのはこいつだから」と言ってくれたヤマケンくんの言葉は嘘じゃないと思いたかった。結論、行き着くところは、わたしはヤマケンくんを好き、ということ。本当はもっと前から気がついていたはずなのに、やっぱりわたしは知らんぷりをした。そのほうが楽だと思ったし、出会って間もない彼を好きだと言っても誰にも信用されないと思っていたからだ。でも、それは違うんじゃないかと徐々に思い始めたのも事実で。だって人が人を好きになるのは理屈じゃ説明できやしないから。わたしはまだまだヤマケンくんのことを知らないけれどこれからわかってゆけばいいんだ、とそう考えられるくらいには冷静になれた。わたしの気持ちを素直に伝えよう。そう思って一度だけかかってきたヤマケンくんの電話番号に発信ようと指を動かすが、なかなかボタンを押すことができない。どうやらわたしはまだ傷つくことを恐れているらしい。そんな自分に呆れ返っていると、スマホが着信を知らせ、驚いて画面を見てみると友人の名前が表示されていた。ヤマケンくんからかかってくるなんてそんな都合のいいことあり得ないのに。少し落胆しながら電話に出る


「なまえ?もう三日も学校休んでるけど、大丈夫?」

「ごめん」

「なんで謝るの?もし何かあったなら話くらいは聞けるよ」


友人の言葉にじんときたわたしは、自分だけで解決するつもりだったのに、つい相談してしまった。あの合コン以来ヤマケンくんと親しくしていたこと、三日前あんなことがあったこと、そしてヤマケンくんを好きだと気がついたこと、でも勇気が出ないこと。友人は始終黙って話を聞いてくれていた


「それ簡単なことじゃん。何もしないでそのままもやもやして終わっちゃうのか、行動起こして何かを変えるのか、ってことでしょ」


衝撃的すぎてわたしの口からはなにも言葉が出なかった。確かに言われてみれば、このままわたしがなにもしなければもやもやとした気持ちを抱えたままヤマケンくんと会えることもなく、この恋は終了してしまうに違いない。そしてそれを引きずってこれから先ろくな恋愛ができないだろう。でも、伝えていたら。それは必ずしも受け入れてもらえるわけじゃないと思うけれども、言わないよりは言ってみたほうが心持ちが違うはず。もしかしたら万が一ということもあるかもしれないのだから


「…ありがとう。おかげで決心ついた。ヤマケンくんのところに行ってくる…!」

「行ってらっしゃい。頑張れ!」

「うん、行ってきます」


わたしは本当にいい友人をもった、とそう思いながら通話終了ボタンを押すと着替えを済ませ、少し身なりを整え家を飛び出した。向かう先は海明学院。幸いまだ下校には少し早い時間なのでニアミスする心配もない。けれども、悠長に歩いていくことなどできずに走った。海明学院は音羽女子のお隣なので迷うこともなくたどり着く。もっとも彼ならこの距離でも迷うんだろうな、なんて考えながら少し頬がゆるむのを感じた


「あっれー?なまえちゃんじゃーん!」

「ねえねえ、こんなとこで何やってるの!?」

「っていうか何で私服なのー?」


海明学院の校門についてまもなく出てきた三人の男の子に囲まれてしまった。あれ、この人たち確か合コンの…、記憶をたどっていると視界のはしっこのほうに金色がゆらめいた。急いでそちらに視線を向けてみると、思った通りヤマケンくんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ヤマケンくんを視界にとらえた途端に高鳴りだす心臓は、ちゃんと好きだと主張しているようだと思った


「わ、わたし、ヤマケンくんに会いにきたので…!それじゃあ!」


いつぞやの三人組にそう言い訳をすると、わたしはヤマケンくんのほうに全力疾走し彼の腕をつかみ引っ張った。ヤマケンくんがどんな顔をしているかなんてそんなのはお構いなしにぐいぐい引っ張った。そして先ほどの三人組が追ってこないことを確認して彼の腕を離す


「突然何なの、みょうじサン」


この間のことなどさも気にしていないというふうに前髪をかきあげながら言うヤマケンくんに少し気後れしつつも、わたしは深呼吸をして言葉をつむいだ


「ヤマケンくんに話があってきました」

「話?」

「まず、この間は変なこと聞いて勝手に逃げてごめんなさい」


早口で捲し立てるとわたしは勢いよく頭を下げる。きっとヤマケンくんは戸惑っている。でも、これから言う言葉はもっとヤマケンくんを戸惑わせるはず。心のなかでもう一度謝罪をして口を開いた


「あのときのわたしは自分にとって都合の悪いことを聞きたくなかった。でもそれじゃだめだって気がついたの。…なにが言いたいかと言うとね、わたしはヤマケンくんが、山口賢二くんが、好きだっていうこと」


ヤマケンくんがどんな反応をするか怖かったけれども、ちゃんと目を見て言うことができて少し胸がほっとした。そしてわたしには更なる緊張が襲ってくる。ある意味ここからが本番だ。もうわたしは逃げない、大丈夫。自分に言い聞かせると拳をにぎった。ほんの少しの間があって、わたしの腕は引っ張られて、気がついたら目の前にヤマケンくんの青い学ランがあった。背中に腕をまわされ、後頭部をもう片方の手で固定されたわたしはやっとヤマケンくんに抱きしめられているのだと気がつく。状況がまったく飲み込めずにただ呆然としていた


「…ばーか。こっちはとっくに惚れてんだよ。本当に鈍いな、アンタ。…好きだ、なまえ」


一瞬幻聴かとすら思った。惚れてると好きだと言われたことも、名前で呼ばれたことも。けれども、学ランごしから伝わってくるヤマケンくんの心臓の音を感じてそれは違うのだと気がつく。どうしようもなく嬉しい。わたしもヤマケンくんの腰に腕をまわし、ぎゅっと力をこめて抱きしめた

(夢ならどうかさめないで)



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