わたしは、なんだか嬉しそうに去ってゆく松楊高校の男の子の後ろ姿をずっと見つめていた。振り返って意外に近くにいたヤマケンくんの顔を見上げれば、なにを考えているのかよくわからない表情の彼と目が合う。けれどもそれはすぐにそらされてしまって、ヤマケンくんは踵を返して歩き始めてしまった。わたしにも思うところはいくつかあったが、黙ってあとをついて歩いた。でもやっぱり、疑問はぬぐいきれなくて、とっさにわたしはヤマケンくんの学ランの裾をつかんだ。うつむいたままのわたしは彼が振り向いたのを雰囲気で感じとると、重い口を開いた
「こんなこと聞きたくないんだけどね、」
「…何?」
「まさか、わたしをだしに使ったの?」
「アンタ、どこまで鈍感なわけ?っていうかもうそれ残酷」
ヤマケンくんは一瞬悲しそうな表情をみせたあとにすぐ怒ったような表情になり、わたしを壁に追いやった。冷たいコンクリートが背中に当たり、腕はぎゅっとつかまれ、顔のすぐ横あたりに片手をついたヤマケンくんに完全に包囲されたわたしは逃げるどころか身動きひとつとることができない
「本気で言ってんの」
「え、?」
「本気で言ってんのかって聞いてんだけど」
答えなきゃ、なにか言わなきゃ。そうは思うものの、その距離があまりにも近すぎて、お互いの息がかかりそうなほど近くて、そればかりに気がとられてしまってなかなか言葉にすることができずにただ、うつむいていた
「…鈍感女」
ヤマケンくんが小さな声でなにかをつぶやいたのと同時に腕の力が弱まったのを感じて、唇と唇が触れてしまいそうなその距離にいたたまれなくなっていたわたしはすかさず逃げ出した。わたしは一度も振り返らずとにかく彼から遠ざかりたくて無我夢中で走った。ヤマケンくんが松楊高校の男の子にどうしてあんなことを言ったのか、本当の理由を知りたかったのに知りたくなくて。「だしに使ったの?」なんて聞いたけれど、それを肯定されるのがこわくて。だったら結局わたしはなにがしたかったの?自分で自分がわからなくなって、瞳からは涙があふれでた
(彼はわたしを置き去りにする)(わたしは彼を置き去りにする)
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