鈍感。まさにそう言ってやりたかった。水谷サンのことを元カノだと勘違いしたり、好きな女だと勘違いしたり、的外れもいいところだ。俺が好きなのはみょうじなまえ、アンタだってのに。まあ、そもそも?出会って一週間程度しか経っていないのに好きになるのはおかしいのかもしれない。だけど、人が人に惹かれるのは時間の問題じゃないと思うんだ。って、俺は何くさいこと言ってんだよ。カフェを出てすぐに拾ったタクシーの後部座席にみょうじサンと二人並んで座って俺は葛藤を繰り返していた
「言っておくけど、…全部アンタの勘違いだから」
彼女の顔をちらりとも見ずに突拍子もなく言った俺の言葉にどこか慌てたようなほっとしたような表情のみょうじサンが窓ガラス越しに写って見えた
「…うん、ごめんね」
それは何に対しての謝りなのか。気がつかなくてごめんね?首突っ込んでごめんね?…まあ、この場合普通に勘違いでものを言ってごめんねってことなんだろうけど。俺的には「鈍感でごめんね」と謝罪してもらいたいものだ。それはさておき、またしても続く沈黙の中、タクシーはとある河川敷沿いに差し掛かる
「あ、」
ふとみょうじサンが声をあげたのに気がついてそちらに視線を向けると、水谷サンとハルの姿がそこにあった。すかさず俺はタクシーの運転手に車を停めるように申し出た。車から降りると、みょうじサンの方に回りドアを開け、降りるように促す。少し躊躇っているような様子の彼女の手を引いて、河川敷に歩いて行くとそこにはもう水谷サンの姿はなくハルだけとなっていた。俺の存在に気がついたハルは不思議そうな顔をしながらこちらを見ていた
「これ、水谷サンに返しといて」
俺は胸ポケットに入っていたシャーペンを取り出すと、ハルに投げて寄越した。それを落とすことなく受けたとったハルは、怪訝そうな表情で言った
「お前…、シズクのこと好きなのか?」
「は?勘違いすんな。…俺が好きなのはこいつだから」
間髪開けず俺は後方からその様子を見守っていたみょうじサンの腕を引っ張って、ハルにしっかり見せつけた。最大の被害者であるみょうじサンは不安そうに俺を見上げていて、ハルは戸惑ったなかにも嬉しそうな表情をしていた。こうなるはずじゃなかったのに。いや、それは嘘で、本当はこうなるのが分かっていた。まだ言うつもりじゃなかったが、言うなら今しかないと思ったのも事実だ
「そうか!ヤマケンも頑張れよー!」
俺とみょうじサンとの間に流れる微妙な雰囲気に気がつかないハルはそんな言葉を残して、スキップ混じりにその場を去っていたのである。あの馬鹿
(いや、それは俺なのかもしれない)
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