「アンタはアンタらしく、それでいいんじゃないの」そう言ってくれたのは、山口賢二くん。みんなにヤマケン、そう呼ばれる彼は先日の合コンで出会った不思議な男の子。そんなことを言ってくれた人は初めてで。動揺しすぎたわたしは、そのあとカフェでなにを話したのかまったく覚えていない。ずっと、ずっとヤマケンくんが言ってくれた言葉を反芻していた。あれから一週間、連絡先もなにも知らないわたしはいつもとなんら変わらない日々をただ漠然と過ごしていた
「なまえー、携帯鳴ってるよー」
週番だったわたしが黒板そうじをしているとふいに友人に呼ばれた。自分の席に戻り、最近買い替えたばかりのスマホの画面をのぞくと、まったく見覚えのない番号が表示されていた。一体だれだろう。出るか出ないか一瞬悩んで結局出ることにした
「…もしもし、?」
「どーも、みょうじサン」
「や、ヤマケンくん…?!」
電話の相手は思いもしなかった彼、ヤマケンくんだった。あれ、でもどうしてわたしの携帯番号、
「アンタ今、どこにいんの?」
「どこって…学校だけど、」
「ああそう。俺さ、今音羽の校門前にいるんだけど」
教室の窓から確認してみれば、校門にもたれ掛かりながらスマホを手にする彼がそこにいた。そしてそのまわりをわたしと同じ制服を着た女の子が数人囲んでいた
「どうして」
「アンタのこと待ってるに決まってるだろ?とにかく。早くしてほしいんだけど」
「ちょっと待ってて…!」
通話終了ボタンを押すとわたしはスマホをスカートのポケットにしまい、すぐさま鞄を掴むと教室を出た
「あっ、ちょ、なまえ!?」
「ごめんね、急用が出来たから先に帰る!」
まだなにかを言っていた友人を振り切り、わたしは校門までひた走った。こんなに動悸がするのは走っているせいだ、そう言い聞かせて。長いような短いような道のりを経てわたしはヤマケンくんのもとへとたどり着く。肩で息をしているわたしを見たヤマケンくんが少しだけ笑ったような気がした
「どうして?」
「だから、みょうじサン。俺はアンタを待ってたの」
「えっと、そうじゃなくて…、どうしてわたしを?というか、どうして携帯番号がわかったの?」
「…質問多すぎ」
「え?ご、ごめんなさい…」
謝ったわたしの腕をヤマケンくんはまたしても引っ張った。やっぱりバランスを崩してしまったわたしはヤマケンくんの胸へとダイブすることになってしまう
「え、え、あの…」
「っていうかみょうじサン、目立ちすぎ」
「それは!ヤマケンくんが、」
最後まで台詞を言わせない勢いでヤマケンくんは、わたしの背中に腕をまわし無理矢理歩かせた。…ご、強引すぎる。そして身体の密着密度が高すぎる。不意打ちすぎるその行動にわたしの心臓は高鳴りっぱなしだった
「いいから行くぞ」
緊張と動揺でなにも話せなかったわたしは、彼に誘導されるがままに足を進めるしかなかった。しばらく歩いたところで、ようやく密着していた身体が離され、鞄を引ったくられた
「え」
「持ってやるって言ってんの」
「…ありがとう」
またしても流れる沈黙。彼は一体なにがしたいのだろう。わたしになにか用事でもあったのかな?でもそんな素振りは微塵もないし…、なんて心のなかでひとり葛藤していたわたしだったが、なんとなく異変に気がついた
「ヤマケンくん?どこに向かってるの」
「…図書館」
「えっと、図書館は逆方向だよ」
「…」
わたしが指摘すれば、くるっと向きを変えるヤマケンくん。彼に置いていかれないようにわたしもあとをついてゆく
「ふふ、なんかかわいい」
不覚にも思っていたことを口に出してしまって、まさか聞かれてしまったのではないかと少し焦り、ヤマケンくんの方に視線を向けるとばっちり目が合ってしまった。どうやら聞かれていたようである。わたしをじっと見つめる瞳が不本意だ、とそう物語っていた。わたしは慌てて両手をあげ降参の意思表示をした
「わ、悪気はありません!」
「まあ、別にいいけど。…道順分かるなら、図書館まで案内して」
許してもらえるのならばそんなのはお安いご用だ。わたしはうなずいて一週間前と同じように彼の手をひいて歩く。それはヤマケンくんにとって迷惑かもしれないけれど、はぐれてしまわないためにも我慢してもらうとしよう。とはいっても、なにも言わないヤマケンくんは文句を言うつもりなど毛頭ないのかもしれないけど。さっきまでの主導権はヤマケンくんでいまはわたし。そのことがなんだか面白くて、ヤマケンくんにばれないように少しだけ笑った。ずっと彼といたらもっと楽しいんだろうな、
(なんて、それじゃあまるで、)
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