日曜日。わたしはヤマケンくんと待ち合わせをしていたのだけれど、時間を過ぎても彼が現れる気配がまったくない。それはべつにドタキャンされたわけではなく、ただ単にヤマケンくんが方向音痴だからたどり着けずにいるとわかるので不安になったりはしない。待ち合わせ時間を一時間すぎたところで、メールをしてみようとスマホの電話帳を開いてみるが、ヤマケンくんはこういうのを好まない気がしてやめた。実際、わたしがヤマケンくんのお家に迎えにいくと言ったら断られた(逆にわたしの家に迎えにくると言われたのを断ったのは余談である)。ヤマケンくんが待ち合わせ場所に選んだのは街の広場にある噴水。ここは待ち合わせの定番の場所で、さまざまな人たちが相手を待っていた。また一時間が過ぎ、わたしよりあとにきた人たちがどんどん相手と合流して去ってゆくのを見て、少しさみしい気持ちになりながらも決して気にしている素振りを見せず、先ほどアイスクリームワゴンから買ったラズベリーフレーバーのそれを頬張る。きっとこのアイスを食べ終われば彼がやってくる、そう信じながら
「なまえ」
アイスを食べ終わるよりも早くやってきたヤマケンくんにわたしは微笑んだ。彼が手にしているのは、一番の最新機種のスマホ。おそらくマップを見ながらここまでやってきたのだろう。わたしはひとりそう考えて口元がにやけるのを感じた
「おはよう、早かったね」
「馬鹿にしてんの?」
「全然」
「…ったく、この辺複雑すぎるんだよ」
「うん知ってる」
「怒んねーの?」
「どうして?」
「時間。待たせたから」
「でも、一生懸命来てくれたんでしょ?それだけで充分。時間なんて気にならないよ」
まるで打ち合わせをしたかのような軽快な会話のやりとりが心地よい。最近では家にいるよりもヤマケンくんといるほうが居心地がよかったりもする。恥ずかしすぎて本人には言えないけれども。わたしがそんなことを思っていると、当のヤマケンくんはなにやら思考停止しているようだった
「どうしたの?ヤマケンくん」
「…別に?」
「そう?あ、もしかしてこれ?食べる?」
なんとなくヤマケンくんの目線が、わたしの手にしているラズベリーアイスに向いているような気がして差し出してみる
「…」
「あれ、違った?」
いつまでたっても受け取らない彼が不思議すぎてわたしは首をかしげる。そして微妙な空気が流れ始めたとき、ヤマケンくんは小さくため息をこぼすとわたしの隣に腰かけた
「いや、食う」
そっぽ向きながら言うヤマケンくんにわたしは「素直じゃないなあ」なんて言いながら彼の口元にアイスを持ってゆく。ヤマケンくんは警戒するようにそれを一口含んだ
「ラズベリーフレーバーだよ。おいしいでしょ」
わたしも同じように自分の口に運ぶ。甘いような酸っぱいようなラズベリー独特の香りが口のなかに広がって、思わず笑顔がこぼれる
「ん、おいしい」
「…っていうか、」
「え?」
「それって天然?それとも計算なわけ?」
ヤマケンくんの言葉の意味がいまいち理解できなくて首をかしげて少し考える。そして浮上してきたひとつの理由
「あ!もしかして。ヤマケンくんでも間接キスとか恥ずかしがったりするの?」
「…ばーか。そんなもん、」
あきれたように言った彼の唇とわたしの唇が重なって、本物のキスをされたのだと気がついて一瞬のうちに思考停止。顔が熱くなるのが自分でもわかった
「甘いな」
それは唇の味の感想なのか、わたしのことなのか。考えられる思考なんてもはや持ち合わせてなどいなくて、ただ赤くなっているであろう頬を両手でおさえていた
(とけるアイス、とけるわたし)(これからもきっとそう)
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