俺は一体どこで道を間違えた?いや、カフェまでの道程とか図書館までの道程とかそんなのじゃなくて、恋愛の選択肢。こう言ってはなんだが、俺は女に不自由なんかしたことないし、その扱いだってそりゃあもう紳士的だ。天は二物を与えないなんてのは世間でよく言われている話で、俺は見た目も頭脳も家柄も完璧すぎるから神様は俺を方向音痴にしたのだと思っていた。それなのに今度は恋愛まで取りあげるなんて。いつもの俺ならもうとっくに別の女に乗り替えているはずだが、何故かずっとみょうじサン…なまえのことを考えている。名前で呼びたいとか、相当惚れてるな俺。スマホの電話帳のみょうじなまえという項目とただひたすらにらめっこしていた


「ヤマケーン、帰ろうぜー」


いつの間にか授業がすべて終了していたらしく、三バカたちは帰り支度を整えていたようだった。だがあいにく俺はそんな気分じゃない。俺を呼ぶマーボの声がなまえだったらいいのに、なんて思ってしまうのは相当末期だという証拠だ


「ダメだな、ヤマケン。ここ三日くらいずっとあんな感じだもんな」

「ああ。四六時中携帯の画面ばっか見つめて溜め息ついてるしな」


おいおい、こそこそ話してるつもりだろうが全部聞こえてんだよ。っていうかトミオお前三バカのくせに四六時中とか使ってんじゃねーよ。まあ、問題はそこじゃない。真の問題はあいつらにバレかけてるってことだ。自分では平静を装っているようで、そうではないらしく少しの落胆。このままバレてしまうのは俺のプライドが許さないので、いつも通りを心掛けて席を立つ


「お!帰んのヤマケン!」

「でも心なしか無理してね?」


おい、だから丸聞こえなんだよ!三バカのくせに心なしかとか使うんじゃねーよ!ジョージもいちいち頷くんじゃねー!…ああもうなんか俺、この三人のこと嫌いになりそうだわ。何を言っても無駄なことを分かっている俺は無言で教室を出た。三バカどもはさんざん人のことをからかっておいて、もう忘れたと言わんばかりに俺を追い越して先に昇降口に行ってしまった。今でも時々昇降口まで行くのに迷ってしまう俺は不本意ではあったが足早にあいつらを追った。昇降口で靴を履き替えているとマーボが急に声をあげた


「あれ、なまえちゃんじゃね!?音羽の!」


少し先の校門を指差しながら言うマーボを倣って俺もそちらに目線を向けてみると、何故か挙動不審ななまえがいた。その姿を見た瞬間、心臓がうるさく暴れだしたのを感じた。なんでここに?誰に会いにきた?いつもの俺ならば自信満々な態度でのぞむだろう。しかし今はもうそんな元気もない。走り出す三バカどもを目で追って、仕方なく俺も校門へと歩みを進める。なまえを取り囲む三バカたちに苛立ちながら歩いていると、前方からなまえがその綺麗な長い金髪を揺らしながら全力疾走してきた。まるで突進でもしてくるかのようなその勢いに若干たじろいでいると、なまえは俺の腕を掴み力の限り引っ張った。全く予想もしていなかった出来事に身体はバランスを崩す。しかしそんなのはお構い無しに彼女は引っ張り続けた。暫く歩き続けて、俺の腕はぱっと離された。正直頭がついていってなどいなかったが、こんな時でも俺はなんでもない様を装った


「突然何なの、みょうじサン」


その俺の言葉になまえの肩が一瞬揺れたのが分かって、何やってるんだと自分を恨んだ。折角彼女が会いにきてくれたというのにそれはないだろうよ俺。余計に嫌われたいのか。葛藤する俺をよそになまえは深呼吸をすると口を開いた


「ヤマケンくんに話があってきました」

「話?」

「まず、この間は変なこと聞いて勝手に逃げてごめんなさい」


それはやはり予想だにしないもので。何と言っていいのか分からなかった。だって、悪いのは俺なのに。何も言わない俺をなまえは気にせずに話を続けた


「あのときのわたしは自分にとって都合の悪いことを聞きたくなかった。でもそれじゃだめだって気がついたの。…なにが言いたいかと言うとね、わたしはヤマケンくんが、山口賢二くんが、好きだっていうこと」


おい、今何て言った?俺を好き?理解するまでにしっかり三十秒かけて俺はなまえの腕を引っ張り抱きしめた。何だこれ。なまえから告白されるなどとんだ誤算だ。てっきり嫌われたと思っていたのに


「…ばーか。こっちはとっくに惚れてんだよ。本当に鈍いな、アンタ。…好きだ、なまえ」


自分で自分の心臓がすごい早さで脈を打っているのに気がついて恥ずかしさすら覚える程だった。なまえの首筋あたりに顔を埋めていると、彼女の香りが広がって今度は安心感を覚える程だった

(多分きっとこれから先もこんなに好きになるのはアンタだけなんだろうな)



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