木の葉病院を退院してから約十日。綱手さまはわたしの身体に障るからと言ってこの十日の間任務をお休みにしてくれた。その気遣いがとても嬉しかった。けれども、わたしはそれに甘んじすぎず、修行を欠かさなかった。綱手さまがそれを知ったら、お小言を言われそうだと思ったが、その際には修行をするなとは言われなかったから、と逃げ道を考えつつ今日まできた。それも徒労に終わったわけであるが。そんなわけでわたしは、今日も修行に明け暮れているわけである
「なーにやってんのよ、なまえ」
一瞬、ほんの一瞬だけ、いとおしいあの人の匂いがしたかと思えばその主はわたしの目の前に現れた。その主であるカカシくんは、いつになく不機嫌そうな顔でわたしを見下ろしていた
「…修行だけど」
「はあ…お前ね、」
カカシくんは呆れたように、そしてなにかを言いたそうにするとわたしの肩に手を置いた。その手はそのまま背中に回され、わたしの頬がカカシくんの胸板にあたる。わたしの想いを打ち明け、カカシくんの想いを聞き通じあったあの日から彼はなんだか甘えたがりだ。でもそのことに全然悪い気はしない。むしろその逆で
「任務から帰って家に行ったらいないから慌てた。心配させないでよ、まったく」
わたしの首筋あたりに顔をうずめて弱々しく呟くカカシくんに心臓がきゅうとしまったように息苦しくなり、わたしもカカシくんの背中に腕を回しきつく抱きしめる。心配かけたくないからと始めた修行だったのに、結果的に別の意味で心配をかけてしまったようだ。そんな自分が情けなく思う
「ごめんね」
わたしはカカシくんの胸板から少しだけ離れて、心配していたということがにじみ出ているその頬に触れて謝る。すると彼もまた、その頬に触れているわたしの手を握るとほっとしたような表情になった
「でも、すごい収穫があったの!」
「すごい収穫?」
一体なんのこと?そう言いたげなカカシくんは首を傾げている。わたしはというと、今度こそカカシくんから離れて距離をとると右手にチャクラを集中させた。その右手を当然ながらカカシくんはじっと見つめていたけれども、そんなに見つめられると少しばかりやりにくさもあって
「それまさか…螺旋丸?」
「あたーり」
さりげなくカカシくんの口調を真似たつもりであったが、彼は果たして気がついただろうか。しかし、なおもわたしの右手を見つめ続けているカカシくんは恐らく気がついていないに違いない。そのことになんだか寂しく思っていると、カカシくんは再び口を開いた
「こんな短期間に…どれだけ無理したのよ」
「え、全然そうでもないよ」
わたしがいたってなんでもなさそうに言えば、カカシくんは疑うような視線を向けてきた。どうしてそんな顔をするんだろう。出来ることなら気がつかないふりをしたいけれども、カカシくんがこんな顔をするのは全部わたしを心配しているからだとわかってしまうからなんとも言えない気持ちになる
「だってまだ教わってなかったでしょ、確か」
「それはそうなんだけど。でもね、前々からある程度コツはきいてたの。それと、」
「ナルト?」
間髪いれずに聞いてきたカカシくんにわたしは驚きを隠せない。言葉もでないとはまさにこのことであった。それと同時にさすがカカシくんとさえ思う。これだと隠し事なんて出来やしない。…毛頭するつもりもないけれども。なんて思いながら、わたしは小さくうなずいた
「そういうのはさ、普通俺に教わるもんじゃないの?」
なにを言っているんだと思った。これはまさか嫉妬というやつなのか。どちらにせよ、カカシくんがこんなことを言うなんて意外であった。それもわたしを好いていてくれている証拠なんだと思うと自然に頬がゆるんだ
「カカシくんに教わると雷切になっちゃうでしょう?」
「俺だってね、螺旋丸を教えることくらい朝飯前なの」
本当かなあ。そんな意味を込めてわたしはくすりと笑った。カカシくんはといえば、とても笑えるような状況でなかったらしく少し仏頂面ように見えた。その姿ですら、いとおしく感じてしまうわたしはどれだけ彼を愛しているのか。そんなのは言うまでもないのだけれど
「それじゃあ今度、なにかわたし向きの術を教えてね」
ついさっき離れたばかりのカカシくんの身体に向かって抱きつき、わたしはそう言った。そうするとカカシくんが微笑んだのが雰囲気でわかって、思わずわたしも頬を緩めた
「あー、もう。なーんでそんなに可愛いんだろーね?」
わたしのことを可愛いだなんて言ってくれるのは後にも先にもカカシくんだけだと思った。カカシくんもわたしのことをそんな風に思ってくれたら。わたしは少しだけ願った
「俺と結婚してよ、なまえ」
口調こそは軽いものの、声は真剣そのもので、驚いたわたしが身体を離そうとするが、腰をがっちり固定されていたため身動きがとれなかった
「俺もそろそろ身を固めないといけないでしょ。なまえを離したくないし、俺がそう思う相手はこれから先もお前だけだから」
カカシくんはきっと恥ずかしい気持ちを隠しているに違いない。なぜそう思うのかといえば、普段は早口になったりしない口調が今はまくし立てるようなそれだったからだ。それともわたしが断るとでも思っているのだろうか。まさかそんなはずないのに
「わたしは断ることも、カカシくんから離れてあげることもしないから。だから顔を見せて」
わたしがいえば、腰にきつく回された腕の力が少し弱まった。そこですかさずカカシくんを見上げると、照れくさそうな右の瞳と目が合う。ゆっくりとした手つきでカカシくんのマスクを下ろすと、そこに隠れていた唇は真一文字に引き結ばれていた
「ねえ、もう一度言って」
「…なまえ。俺と結婚してください」
その言葉を面と向かって言われた瞬間、涙が出そうになった。それは悔し涙でも悲しい涙でもなく、正真正銘の嬉し涙だった。カカシくんからそんな言葉をもらえる日がくるなんて。ほんの数年前のわたしには考えられなかったことだ
「…うれしい。喜んでお受けいたします」
「!、ありがとう。愛してるよ、なまえ」
「わたしも。愛してる、カカシ」
“愛してる”に喜んだのか、“カカシ”と呼んだことに喜んだのか、たぶんその両方だったのかもしれないが、カカシはにっこり微笑むとわたしをぎゅっと抱きしめ、どこからともなく指環をだしてわたしの左手薬指にはめてくれた。わたしは泣きながら笑った
(離さないよ、繋いでたいの)(わたしはあなたの手を)
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