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「……え。え、えぇ!?」

「……気付いてなかったんだな」

盛大に驚く様を見て、炎山は鈍い戦友にとことん呆れたようだ。彼女は当の昔にその事実、つまりライカが件の「乙女」であることを察知していたのだろう――それでも、不可解なことが幾つもあるのだが。

「で?」

炎山の青玉の瞳はあたかも糾弾するかのような鋭い光を湛えている。それを受け止めるライカの水晶色の眼は、剃刀の如く冷たく煌めいていた。

「……置いてきたのに」

やがて吐息と共に零れた言葉はあまりにも小さくて、熱斗の耳には届かなかった。だが、一際優れた聴覚センサーを持つネットナビ達には拾えたらしい。赤いPETから浮かび上がったモニターには、純粋な驚愕と困惑で表情を僅かに強張らせたサーチマンの姿が映し出されている。その背後では、ロックマンとブルースもまた表情を疑惑に変えていた。

一瞬だけモニターを見たライカはしかし、少しばかりその目線を逸らす。己がナビに対する所業が後ろめたいのだろうか、それとも他にもまだ隠しているのだろうか?

『ライカ。置いてきた、ということはやはり、サーチマンが狙われているのか?』

「それは……」

けたたましいアラートが鳴り出したのは、彼女がブルースの問い掛けに答えようとした瞬間だった。音源を探そうと部屋中を見回せば、古臭いデザインの電話が騒いでいる。

会話を一端差し止めたライカは規則正しい歩みでそれに近付くと、何の躊躇いもなく受話器を取り上げる。スピーカーを耳に押し当てる――

「……そうか。分かった」

何処となく硬い声。次いで、叩き付けるように受話器を置く。妙に荒々しい動作。

らしくもない。よっぽど内容が不愉快だったのだろうか。とてもではないが聞き出せるような雰囲気ではない。

が、傍らの少女にとってはそうでもないようだ。至極あっさり問い掛けている。

「どうした」

「……うちのネットワークに何かが侵入したらしい。そして、ホールから「輝ける二対の瞳」が消えた、と」

「!」

自然と二人の表情が引き締まる。今夜の目玉が失せた、となれば、呼び寄せられた客人達は今頃パニックになっているだろう。しかも、ことはネット犯罪の可能性高しとあれば、尚更――

「俺達の出番、だよな」

熱斗は自身のPETを懐から取り出すと、視線を何度か巡らした。程なくして誂えられている湿外器に赤外線端子が着いているのを確認すると、躊躇いなくPETを振りかざす。

「プラグイン!ロックマン.EXE、トランス――」

「待て、熱斗」

威勢の良い口上は、部屋の主が伸ばしてきた手に遮られた。

至って善行を止められた少女の代わりに、今まさにネットワークへ送り込まれようとしていた彼女のナビが訝しげに聞く。

『どうしたの、ライカ君。早く行かないと……』

「この部屋のネットワークは、屋敷全体のネットワークから全面的に切断されているんだ。別の場所からプラグインしなければ意味が無い」

険しい表情からは、嘘をついているような雰囲気は一切感じられない。しかし、奇妙ではある。

(ネットワークが切られてる?)

彼女の口振りから察するに、この屋敷は一つのネットワークで全域を管理しているのだろう。わざわざこの部屋のエリアだけ切断しているとは一体どういうことなのか。

(そういえば、この部屋だけ……)

広い屋敷の片隅、使用人達のエリアである地下に繋がる階段の側にひっそりと、まるで倉庫か何かのように存在している。客人や家人はまず近付かない所だし、使用人にとって地上階とは主達の空間であるから、無闇矢鱈には詮索しない。

つまり、この部屋は腫れ物を隔離するには丁度良い。まるで外界から遮断された牢獄。

「ライカ。何処でならアクセス出来る?」

「……此処からなら、地下の管制室が一番近い。真下だ」

言いながら、ライカは壁に備え付けられたタッチパネルを素早く操作した。程無くして、床の一部がスライドする。現れたのは地下に繋がっているのであろう梯子。

『……此処はからくり屋敷か何かか?』

「改造したらしい。少なくとも、こうしたのは俺じゃない」

『ならば、誰が?』

「行けば分かる」

応酬にもならない問答の繰り返しを打ち切るように、ライカが梯子を下り始める。

「……どうする?」

「行くしかないだろう。どのみち、プラグイン出来なければどうしようもない」

既に己のPETを懐に閉まった炎山は、梯子に足を掛けようとしている。彼女が身に付けているのはズボンと革靴。

ヒラヒラのドレスとツルツルのミュールなどよりも余程降りやすいだろう。こんな格好をさせた彼女をほんの僅か、心の中で恨みながら、熱斗は二人を追いかけた。



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