現状維持すら難しい
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眼前を、碧翠色の風切り羽が舞い落ちた。二枚、三枚、そよ風と重力に導かれてひらひら、地面に重なる。

模擬戦用の槍を下ろしながら、熱斗は顔をまっすぐ、己の上空へと向けた。旋回する鳥影の姿が見える。きっとアレは、ついこの間自分たちの仲間になった神鳥(シムルグ)だ。

「おーい、降りて来いよー!」

声をかける。と、聞こえたらしい。影が見る見るうちに近づいてくる。

やがて野外修練場に着地したそれは幾度か羽ばたくと、瞬く間もなくその姿を巨大な鳥から人間の女へと変えた。

無表情の張り付く端正な顔。整った唇から男とも女ともつかぬ声が漏れる。

「……何か、用か?」

どことなくたどたどしい共通語に、竜騎士の少女は流暢に返す。

「いや、別に用は無いけど」

「そうか」

「強いて言うなら、慣れた?ってだけ」

これまで、森の外に出たことが無いという彼女を、周囲は甲斐甲斐しくお世話した。神代語しか喋れないというから共通語を教え、現代でのいわゆる常識というものを教授し、早く人間世界での護身術を知りたいというので相性が良かったらしい弓術と体術を学ばせた。

と、それは(護身術以外は)あくまでも自分達の都合に合わせるようにさせたものだ。当の本人はどう思っているのか、聞いたことは無い。

「別に。それなりだ」

「そう?」

まだ完全にマスターしたわけではないからか、それとも単純に無口なだけなのか、やはり言葉少なに答えた妖鳥は、紅い瞳をこちらに見据えてくる。

「お前は?」

「へ?」

「お前は、どう、なんだ」

「どう、って……いつも通りだよ。任務無いし、訓練してるだけ」

地に着いた穂先を持ち上げる。小さなころから扱ってきた剣は手に馴染んでいるが、槍はまだまだ使い慣れない。今日は(一応)師匠である炎山が出払っているから自主訓練に留めているのだが、しかしこれで良いのかは分かっていない。

とにもかくにも、こっちは本当に「いつも通り」なのだ。

しかし、ここに来て日がまだ浅いサーチにはそれが分からなかったのか、追及を止めない。

「いつも通り、って、何だ?」

「って言われても……」

説明なんて難しい。

「俺は、毎日、新しいことを、教えてもらって、いるから……。ずっと、同じ、なんて、ないぞ?」

「そっか。そうだよ、な」

毎日同じことなんて、誰もないぞ、とは言わないでおく。今日は訓練ぐらいしかすることがないからそう言ったのだ。あれ、これを言えば良いのか。

「俺にとっちゃ、訓練がいつものことなんだよ。だからいつも通り」

「そうか」

納得したらしい。だけれども首は傾げている。ほかにも気になることがあるのだろうか。

「……本当は、無理、してるのか?」

「何でそう思うんだよ」

「嫌そう、だ。英雄、とか、そう、呼ばれてる時」

「ああ……」

図星だった。

こんな風に、その辺にいくらでも転がっている戦士や兵士のように活動している時はいい。だけれども、「英雄」という過去の遺物として振る舞わなければならない時があるのは、嫌だ。

(俺、全然何もしてないのにさ)

どうして皆、自分を「英雄」にしたがるんだろう。目の色が亜麻色、ってだけじゃないか。

「だけど、それで皆安心するんだったら、やらなきゃいけないし」

「個より全、というもの、か?」

「それはよく分かんないけど」

「大変、だな」

他人事かよー、と言いたくなるのを堪える。まだ人の世に疎い彼女に聞かせることじゃない。

穂先を持ち上げる。「いつも通り」の再開。少しばかり違うところは、興味津津に観察してくる視線が一つあることだ。それは伝説に登場する神鳥(かもしれない)のもので、何だか不思議な気分にもなる。

(たまには、いっか)

別に見せるものではないが、相手が勝手に見ているのだから仕方が無い。

(ちょっとは、違うかもしんないし、それに、)

そうしてずれていく日常も、悪くは無いのかもしれないから。



13/05/07
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このパロの熱斗君は割と冷めてますねしかし。サーチは人が普段言わないことをあっさり言うから本音を引きずり出されるというそんな話。
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