-10-
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
カラン、カラン。
「ん?」
鈴やかかつ軽やかな音。ベルだろうか。
「皆様、大変お待たせ致しました。オークションの準備が整いましたので、会場へのご案内を−−」
マイクを通して伝わる青年の声に従うように、周りの客人達がそぞろ歩き出す。
それに着いて行こうとした二人だが、ふと振り返った。ほぼ同時に。
何故ならば、屋敷勤めを果たしているらしいお仕着せの少女が一人、二人の名をやや控えめに呼んだからである。
「俺達に、何か」
「申し訳ございませんが、お嬢様が貴女方を御呼び立てておりますので、そちらへのご案内をさせて頂きたいのですが……」
「!」
お嬢様。確かにそう言った。
どうやら、泡沫の存在ではなかったようだ。しかも、わざわざこちらを招き寄せようとまでしてくれている。
「行くぞ、光」
「ああ」
今まで振り回された、というか命の危機に晒されるきっかけの顔ぐらいは拝みたい。
オークション会場も気にならない訳ではないが、お嬢様の方が遥かに重要だ。そう判断した二人はメイドを通した招待を受け入れる。僅かばかり不安そうであった下働きの少女が安心したように息をつき、自らの半歩背後に備え付けられていた扉のノブを回した。
「−−こちらが、お嬢様の寝室でございます。御用が有りましたら、室内に備え付けていてありますベルを鳴らして下さいませ」
至極丁寧かつ優美な動作で扉を示した後、深々とお辞儀をして引いていった少女を見送る。直ぐに未知の空間へと誘うそれを、炎山が何度かノックした。返事は無い。が、どうでも良いと考えたのか、彼女は躊躇い無くノブに手を掛ける。回す。引き開ける。
瞬間、何かが壁をたたき付ける轟音が炸裂した。ワンテンポ遅れて、熱斗は自身のやや後方、決して開くことが出来ない騙し絵の窓が張り付けられていた筈の壁を確認する。−−一つ、金色の光沢が眩しい銃弾がめり込んでいた。
さっと血の気が引く。何だ今の。俺達まさか、殺される為に呼ばれたのか!?
「随分アグレッシブな歓迎をしてくれるようだな。良い根性をしている」
熱斗が混乱している間にも、炎山はお嬢様の領域に一歩踏み込む。
金の細工が主張しない程度に刻み込まれたドレッサー、羊毛で編まれているらしい上質の絨毯、片隅に誂えられている、飾り食器が見目麗しく納められた装飾棚。そして、一際目立つように中央壁よりに配置されている、豪奢な薄布に隠されて朧げなシルエットだけが確認出来る何か。
天蓋から降ろされた幕には少しばかり隙間が空いていて、そこからは硝煙を細長く吐いている銃口が生えていた。が直ぐに引っ込められてしまう。変わりに、影がもぞりと動いた。人の形と四角い形に分かたれる。
「意気込みは分かったからさっさと出ろ。ここまで来て、そんなことも出来ないわけじゃないだろう?」
あからさまな挑発。影は更に動く。手の形をしたシルエットが天幕に触れた。
暫く呆気に取られていたものの、ふと気付いて部屋に入った熱斗は思わず唾を呑んだ。炎山にしては直球過ぎる誘いの言葉に、人を呼び付けておいていきなり発砲するような「お嬢様」が果たして応えてくれるのだろうか。
しかしそれは杞憂だった。薄布の幕が何の躊躇いも無く開かれる。「お嬢様」の姿があらわになる−−
「………え?」
「やはり、そうか」
正反対の反応を返した二人に対し、彼女は心底呆れたようだった。
「ふん。わざわざこんな所まで、ご苦労だな」
「お嬢様」、ライカはそう吐き捨てると、握り締めていたカスタムハンドガンを何の躊躇いも無くベッドの上に投げ捨てた。
−−−−−−−
← →