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「ブルース」

自身を呼び掛ける声が一つ。一瞬聞いただけでは男と女の区別がまるで着かない、中性的な声。

振り返る。歩いて近付いてくる、サーチの姿を認めて内心焦った。流石にあんな不毛なやり取りの後に好いている女に会うのは、気まずい。いや、彼女はあの場にはいなかったのだから、こんな風に思う必要は無い筈、なのだが。

「どうした?」

「合同任務だ。ダークロイドの本拠地を叩く、らしい」

「らしい?」

彼女がこうも曖昧に任務を伝えるというのは、非常に珍しい。

「ああ。詳細は参加メンバーが全員集まり次第伝える、ということだが」

「そうか」

ということは、彼女も任務の詳細をまだ知らされていないのだろう。そして、自分と彼女が参加メンバーに数えられている。と来れば、主達も組み込まれているに相違無い。

ただでさえ元の人数が少ないというのに、少なくとも四人は投入するほどの大規模な作戦を行うとは、随分気合いを入れているようだ。

どちらともなく、二人は歩き出す。最初は横並び、やがてサーチがやや前に出て時折誘導する。

「ああ、そういえば」

「何だ」

「ライカ様からお前に、伝言があるそうだ」

「何?」

アイツから、自分に。

内心冷や汗をかきながら、ブルースは次の言を待つ。わざわざ彼女を介して伝えようというのだから、録なモノではないだろう、きっと。

「あまり俺の義弟と遊んでくれるな、ということだそうだ」

「……はあ」

聞いていたのか、あのやり取りを。相変わらずその辺のへたな精霊よりも耳の良い青年だ。そんなに初めての身内が嬉しいのか、それとも単に義兄バカなだけなのか。

そもそも、ラグとは別に遊んだつもりは無い。ただ、無性に苛立っていた自覚ならば有る。それが何故だったのかは、よく分からない。

(……また、あの時みたいな予感があったから、なのか?)

考えれば考える程、道の無い樹海を歩いているかのように、思考は出口に辿り着かなくなっていく。

「ラグと何か、あったのか」

「いや、少し話をしただけだ」

「何かカードを拾ったようだと、ライカ様に伺ったが」

「……」

いや本当、何処から見聞きしてやがったんだアイツは。果たして壁に耳あり障子に目あり、を地で行くような奴だったのか。幸い、カードのアルカナまでは把握出来なかったようだが。

ラグの「占い」が当たる確率は九割九分。それは彼の読み取った「未来」を無意識になぞれば当然出てもおかしくは無い数値で、しかし今回はアルカナの意味しか教えられていないから、正真正銘己の行動によっては、呪縛を逸脱した結果を叩き出せるはずだ。

「別に、問題無い」

「そうか」

無駄な気遣いやら誤解やらを招きたくないから素っ気なく答えれば、彼女は納得したように頷いた。納得した、というよりどうでもよいかのようだ。ならば聞かなければいいだろうに。

モノリウムの廊下に敷かれたアクアブルーの絨毯を踏み付ける。彼女はどうやら、第三会議室に誘っているらしい。さて、何人が集まっているのか。

「ブルース」

「何だ」

「一つ、聞きたい」

「ああ」

「お前は、伊集院のことを、どう想っている?」

唐突だった。そして、息が詰まった。

(俺が、炎山様を?)

世界中にたった一人の神様。生命と死の循環を司る生死の女王。元は人間と悪魔の混血児として世界を又にかける大会社の副社長として、過酷な道を歩む筈であった孤独な少女。

己の正体と性別をひた隠して生きることを余儀なくされた、幼いながら寂寥感を漂わせていた彼女に引き寄せられて契約したあの日は、精霊たる自身にとっては今しがた過ぎ去った近い日。されど主にとってはそうではないだろう。あの人には、人間として過ごした日々が僅かながらとてあるのだから。

そんな彼女を、自分がどう考えているのか、なんて。

「今すぐでないと、駄目か?」

咄嗟に言えば、サーチの紅い瞳が曇る。期待を潰された、そんな風に感じ取れてしまう視線。

「……済まない」

「いや、後で必ず聞かせてくれるなら、いい」

主以外の他人に対して関心を持たず、執着もしない彼女にしては妙なことだ。何故こんなことに興味を示しているのだろうか。

「あ」

「何だ」

「もう一つ、聞きたい」

「手短に頼む」

「……お前は、」

ガララッ!

切れた言葉。勢い良く鳴り響いた扉の開く音に掻き消されて、聞こえない。

「やっと来た!二人共、早く」

何にも事情を知らない熱斗が、第三会議室の扉から頭だけを覗かせて呼んでいる。彼女がいる、ということは、ロックマンもいるのだろう。特に彼には、あまり聞かれたくはない事柄のような気がした。

「済まない、すぐ行く」

答えるサーチの端正かつ仮面のように全く変わらない無表情からは、感情のブレが読み取れない。もう一つの質問にはそれ程意味を込めていなかったのだろうか。

そのまま彼女は扉の向こう側に滑り込む。着いて行こうとして、一瞬足を止めてしまう。

あの問い掛けが、頭から離れない。

(俺は、炎山様を、)

どう想っているのだろう?

即座に答えることが出来なかったのは、自分でも分からなかったからだ。あんまりにも、あの方の側にいることが当たり前になりすぎて。

とりあえず、まずは任務の説明を受けてからだ。そう決めた彼もまた、第三会議室の中に足を踏み入れる。さて、後どうなるのかは考えてはいない。意味も無いと、そう感じたから。



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