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かつて、警備という名目で華やかかつ豪華絢爛なパーティーに紛れ込んだことがあった。その時も十分、圧倒されたのだが。
今回のこのパーティーは、規模が違う。いや、広さだけならあの豪華客船、クイーンチェーコ号の方が上だ。
しかし、招かれている客層から調度の質が違うのである。
(あ、あの人……)
ネット掲示板で情報が乗ってた。確か、アメロッパの有名な貿易会社の社長だっけ。あ、こっちの人はニュースか何かでアジーナの石油王、って呼ばれてたような……。
他にも、とてもではないが普段ならまず直に見掛けることも無いであろう著名人達が、此処には集っていた。早速漂う場違い感。綺麗に溶け込んでいる炎山が羨ましい。
仕方ないので、テーブルにずらりと並べられた大皿料理の数々に向かう。始めに渡された小皿に自分の取り分を乗せる。座る席は見当たらない。ロックマンに聞くと、これはビュッフェというスタイルらしい。
まあ別に座るとこがなくったって良いや、美味しそうだし。思いながら生ハムにフォークを突き刺した時−−
「……?」振り向く。
『熱斗君、どうしたの?』
「いや、なんか、見られてたような……」
確かに時折、異分子であるこちらに視線が向けられることもあったが、それは大概一瞬だった。
だが、今のは違う。明らかに、注視されていた。ような気がする。
『気のせいじゃない?』
「そうかも」
返しながら、生ハムを口に突っ込む。美味しい。普段食卓に上ることは無いから、余計にそう感じてる、かも。
さあ次の料理、シーザードレッシングが掛かった生野菜のサラダを突こうとした時、肩に手を置かれた、そんな感触。
今この場で気安く触れてくる人物は一人だけだ。
「何だよ、炎山」
「食ってないで、あそこを見ろ」
「あそこぉ?」
彼女の指先を辿る。そこにあったモノは−−
「台座じゃん、ただの」
テレビ番組でよく見掛ける、賞品とかが乗せられる如何にも安っぽいセットのものとは違って、木で作られた、何だかよく分からない意匠の彫られている高級感溢れる代物ではあるが。結局それが台座ということに変わりは無い。
「違う。それじゃない」
「じゃあ、あの人?」
僅かながらの苛立ちが篭った声に促されて、改めて見遣る。
台座の向こう側−−何人かの男性、恐らく使用人−−に何事か話している男性。オールバックに整えられた碧翠の髪、切れ長な青灰の瞳。漂う風格は並大抵のものではない。ガッチリとした体格を漆黒のスーツで覆うその様は、一種の支配者を彷彿させた。
どこと無く、誰かを思い出させる姿−−首を捻る。と、炎山が口を開いた。
「スヴェート家の現当主、ラスジザ氏だ。今回、『輝ける二対の瞳』のオークションを決めた人物」
「知り合い?」
「……呼ぶことも、呼ばれることも無いがな。他人の主催パーティーで会うことなら、たまに」
「ふーん……」
IPCはアメロッパ軍部との繋がりがあるらしい。アメロッパとシャーロは互いを仮装敵国としているとも聞いた。だからお互い呼び合うことは無い。炎山の、どこと無く剣呑な表情はそこに起因しているのだろう。
それでも面識があるあたり、社交界はよく分からない。
と−−
ラスジザの視線が、こちらに向かう。視線と視線が鉢合わせる。
会話−−もしかしたら、指示だったのかもしれない−−を切り上げたらしい氏が、歩み寄って来る。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね。今日はニホンからわざわざ来て頂いて、感謝している」
「いいえ、お構いなく。こちらこそ、こちらの個人的な知り合いの同伴を許して頂いたことを感謝しております」
「いや、気にすることは無いよ。うちの倅は君達とは同じぐらいの年頃なんだ、同年代の知り合いは多い方が良い」
つまりはこちらにも好都合、ということなのだろうか。それにしても。
ちらりと伺うと、炎山の浮かべる笑顔が明らかに作ったものであると分かってしまうし、ラスジザの微笑も得体の知れない何かを潜めている。そして何よりも、交わされる会話が肌寒い。何だこれ。これが当然、とかだったら恐い。
空調自体は完璧に整えられている筈なのに寒気を感じ、腕を摩る。そんな熱斗を見遣ったラスジザは、再び視線を炎山に戻した。
その瞳は、彼女に何か、説明を求めているようにも見える。
「……」
沈黙を続ける炎山の顔に、ようやく作り物ではない、生の笑みが浮かんだ。唇を僅かに釣り上げたそれは、彼女がネットセイバーとして、犯人を策に嵌めた時に自然と出来るものと、同じだった。
「−−彼女はネットセイバーですよ。俺と同じく」
小さな小さな、呟きにも取れる言葉は、正真正銘、彼女の目の前の男にだけ向けられたもの。
受け取った彼もまた、透明な微笑みを顔に乗せる。そして、歩き出す。擦れ違い様、
「−−君にしては、分かりやすい「鎌かけ」だね」
そう、囁いて。
遠ざかる後ろ姿を見送った熱斗は、改めて炎山を見る。次いで、驚いた。
彼女は、会心の笑みを浮かべていたのだ。
「炎山?」
「やはりな」
「何がだよ!大体、人のじゅーよーきみつ?までばらしやがって、何考えてんだよ」
「多分、とっくの昔に知られている。でないと、あんな反応は出来ない」
「へ?」
「あの男、俺の言ったことを「鎌かけ」だと断じただろう?」
通常、「鎌かけ」とは人の本音を引きずりだすために使われる誘いだ。
「言葉が「鎌かけ」だと分かっている時点で、本音を言ってるも同然だ」
「じゃ、今のは?」
「……、…奴は、俺達ネットセイバーの助力を欲している。そう、見ても良いだろう」
「……助けて欲しい、ってこと、だよな?」
「恐らく」
となると、『輝ける二対の瞳』を利用して何かを起こそうとしているのは、黒幕ではなく、スヴェート家なのだろう。そしてそこに、自分達はネットセイバーとして組み込まれているのだ。
ならば、殆ど交流が無いらしい炎山が招待され、本来招待される権利も無い自分が此処に来ることを許されたのも、何かの思惑故なのか。
(それはそれで、ヤな気分)
思いながら、フォークに刺したベビーリーフを口の中に放り込む。シーザードレッシング独特の酸っぱさとベビーリーフの苦さが口内に広がり、溶けて消えた。
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