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「なあ、炎山」

「何だ、光」

「この服ヒラヒラして動きにくいんだけど」

「我慢しろ。百歩譲ってスパッツを履くのは許しただろう」

「全然関係無いし!」

用意された控室。屋敷に着いてから、運転手とはまた別の使用人にまず案内されたそこで、炎山と熱斗は早速(強制的)お着替え大会を開いていた。

主催者は当然ながら炎山で、被害者という名の参加者は熱斗である。

「せっかくお前に似合うやつを選んで持って来て着せてやったんだ。感謝しろ」

「えー……」

あれよあれよと言う間に着せられた、ノースリーブの青いワンピースドレスは、ロックマン曰く『似合ってるよ』ということらしい。いつものバンダナは流石に剥ぎ取られて、今はスーツケースの中だ。何だかとっても違和感。

履き慣れないミュールに苦戦しながら部屋をうろつく。やいとの家と同じぐらい豪華だ。天蓋付きのベッドや、その手の物に疎い自分でもアンティークだと分かる化粧台やタンス。床にひかれた絨毯や窓にひけるカーテンもきっと、高くて良いものなんだろう。

(本当に凄いとこなんだ)

流石に、一国の姫であるプライドの住んでいる城とかには敵わないのだろうけど、とにかく、凄いとしか言いようが無い。

しかし。

「此処、パソコンとか無いんだなあ」

「持参しろ、ということだ。ホテルとかと違って、いつも客がいる訳じゃないんだ、自分達が普段使う分しか無いだろう」

『炎山君は確か、ノートパソコン持って来てたよね?』

「ああ」

気になることも多いしな。そう呟いた炎山は、本来は男性正装の一つである筈の、黒い燕尾服に身を包んでいる。どうやら、社交界やビジネスでは未だに男装を続けているようだ。最も、今まで「男性」として己を通していた以上、そうすぐに本来の性別を明かせない、ということなのだろうが。

魔のスーツケースの他にも持ち込んできたらしいトートバッグから、彼女は薄型ノートパソコンを取り出す。立ち上げる。何かのソフトを起動する。白の手袋に覆われた指が、猛然とキーを叩く。

『炎山様。まもなくパーティーが始まる時間です』

「そうか。……後もう少しなんだが……」

「何が?」

「ハッキング」

あっさり吐かれた一言に絶句する。犯罪じゃん、それ。

そんな熱斗をスルーした炎山はモニターから一瞬目を離し、チラ、と化粧台を見遣る。が、直ぐにまたモニターに向き合った。

不自然な行動に突っ込む暇も無く、ロックマンが声を上げる。

『何処に?』

「セキュリティシステムだ。特に、『輝ける二対の瞳』周辺の」

『気になるのか』

「ああ。……流石に厳しい、か」

『一応、今日の目玉の一つなのだろう?そうでなくとも価値のある一品なら、厳重なセキュリティを掛けるのは当然だ』

「お前なら外せるか?相手方に気付かれずに」

『……気付かれずに、となると難しいが、外すこと自体は出来るレベルだ』

「そうか……」

表情からして、実際にして欲しい、と言う訳ではないのだろう。とは言え、あんまりにも危険な会話である。

『輝ける二対の瞳』。パーティーの目的二つの内の片割れ。

これを手に入れる為に、黒幕が此処に入り込んでいるか、乗り込んでくるには違いないから、彼女はセキュリティの度合いを確かめてみたかったのだろうか。そんな気がする。危ないことには変わり無いが。

「さて、行くか」

「もう良いのか?」

「そろそろ出なければ怪しまれる」

「ん」

扉が開かれる。何だかよく分からない絵画が等間隔に並べられた廊下の壁。足元を見れば長々と敷かれた赤い絨毯。

(何つーか、よく分かんないや、やっぱ)

それでも何か事件が起きるかもしれない、あるいは謎が分かるかもしれないと来れば、やはり疼くのが好奇心。

後は。

(ライカが何処に行ったのか、だよな)

炎山はもう気付いているようなそぶりなのだが、何度聞いても教えてくれない。確実でないことは殆ど言ってくれないから、最早自分で考えるしかないのは分かっているのだが。

(何か引っ掛かってるんだけどなー)

その『何か』は何なんだろう?

思いながら、熱斗は(いつの間にか離れていた)炎山の背を追い掛ける。



……静まり返った部屋の中。僅かな雪明かりを反射して、化粧台に仕込まれた監視カメラのレンズが鈍く輝く。その隣には、未開封の口紅に見せ掛けた盗聴器。

モニター室に写った映像と合わせて流れる音声を、確認している影が一つ。手にはPETが握られている。

『……ふーん?なかなか面白くなって来たかもよ?』

「まさか、監視と盗聴に気付いた上でハッキングを試みてくるとはな。幸い、味方ではあるが」

『でも計画はまだだかんなー。さてさて、ちゃんと思い通りになってくれっかな?』

「さあ、な」

しかし、踊って貰わねば困るのはこちらなのだ。

何せ、この件には大事な大事な存在そのものが賭けられているのだから。

(上手く動いてくれよ、ニホンの誇るネットセイバー達)

でなければ、せっかく招待した意味が無くってしまうではないか−−



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