献身の言葉を探していた-1
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お前は何を言おうと振り向かなかった。その瞳が見詰めているものは、己よりもはるか重要な契約主。

お前が何を言おうと振り向かなかった。俺の瞳が見詰めているものは、俺よりもはるか重要な契約主。

分かっている。俺達にとって、一番重要なことは、己の感情を優先させることじゃない。

自分の契約主を護ること。それが、優先させるべき第一事項。その他はそれに代えられるものではないから。

−−けれど。

少し。ほんの少しだけなら、表に出しても、良いんじゃないか?



パサリ。

「『塔』の正位置」

告げられた。振り返ると、一枚のカードを拾う、一人の青年が。

この世でただ一人の吸血鬼と酷く似て、けれど全く異なる存在。

「……ラグか」

「………」

不機嫌そうな表情になったのは、義兄と慕う青年に付けられた名を他人にあまり呼ばれたく無いからだろうか、それとも単純に嫌われているからだろうか。

最も、それまでの呼び名はもっと嫌がるだろうから、それで呼び続けるしかないのだが。

「占いか」

「……お前がそう言うんだったら、そうなるかもしれない」

「本音は」

「知ったことか」

彼は拾い上げたカードを何度か手で払った後、懐から取り出したケースに直した。この間の戦闘で投げ付けられたモノとは恐らく異なる。

そもそも、ネビュラの特殊戦闘員として育てられていたらしい彼が、何故組織を脱走して、占い師なんぞを生業としてニホンに潜伏していたのか−−

「……気になるのか?」

ポツリと向けられた言葉に驚いた。何と無く、彼は他人の疑問にわざわざ自分から答えるような性格ではないと考えていたからだ。

とは言え、聞き出すチャンスを逃す訳にはいかない。尋ねると、立て板に水を流すかのような回答。

「外を知ったから。そこで惹かれたから。何と無く、いると思ったから」

「……よく分かった」

別にラグは、ふざけているのではない。ただ単純化しているだけだろう。この辺りはオリジナルに似ている。

彼、ラグは模造人形(レプリカント)−−則ち、一種の人造人間である。オリジナルがいなければ存在自体が成立しない彼は、それを教えられてからずっと、オリジナル−−『本物』と出会うことを望んでいたそうだ。

「知りたいのは、それだけか?」

「ついでに、さっきのカードがタイミング良く落ちたのも気にかかるな」

「……偶然だ。本当に」

「お前程カードを大事にしてる奴が、そうそう落とすとも考えられんが」

「……占い師を予知能力者か何かと勘違いしてるんじゃないか、貴様」

「それに縋る奴には予知だろう。例え、本当はそうでないと分かっていても」

「違いはない、が」

これ以上不毛なやり取りは続けたくない。

まだ(多分、こちらが抵抗、或いははぐらかしを続ける限り)舌戦を継続するつもりであったらしい彼を制し、口を開く。

「で?タイミング云々は本質じゃないんだ、カードの意味の方を教えろ」

「初めからそれを聞けばいいものを」

「悪いな」

「……まあ良い。だが、多分聞いて喜べる内容ではないと思うがな」

「それならむしろ歓迎だ。いつもロクな目に合わないしな」

「そうか」

薄氷色の瞳が細まる。何かを企んだ昔話の狐のように見えた。

「いずれ貴様に、何かしらの不運が舞い降りる。建物すらも打ち砕く、強力な稲妻は、それを表す」

「不運」

「不運というか、凶事」

「そうか」

ならば何も気にすることは無い。自分にとっては、何時だって凶事が起きているようなものなのだから。

そう、

(生きている限り)

「もう良いか、死神の下僕。そろそろ出掛けなければならないんだ」

「何処へ」

「お得意様への出張サービス」

「まるで監視されているように思えない行動だ」

「この国の中でもそれなりに発言力を持つ人物だ。そいつ直々の招聘ともなれば、逆らうのも難しいだろう」

「組織を潰される訳にもいかない、か……。どうせ誰かを付けるんだろうが」

「暁シドウの契約精が直々に『護衛』して下さるそうだ。……立場はどうあれ、その辺の待遇はVIP並にしてくれる組織らしいな、此処は」

冗談なのか本気なのか分からないような言い方。それを最後に残して、ラグは去った。不機嫌だった表情は、それはそれは楽しげなものになっていた。

残された青年−−ブルースは立ち止まりを続け、思案する。わざと残していったらしい現状の欠片を繋ぎ合わせる。

(アシッドが、か)」

彼がわざわざ監視の任に付いた、ということは、それだけ彼を重要視している、ということだ。

(俺達の中で唯一、奴らの内側に存在していたことがあるとなれば、当然か……)

どう転がるのだろうか。分からない。

分からないからこそ、見極めるつもりなのだろうけれど。

(奴がどちら側であろうと、俺は、炎山様に従うだけだ)

それが、自身にとって最上のスタンスであると、信じて疑わないように、ずっと心掛けていたのだから。



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