骸は頭を求め彷徨
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「はいはい、山賊ちゃん達はやっつけましたよー。聞いちゃってる、俺の大事な大事な雇い主さんやい」

「聞いている。耳元でデカイ声を出すな」

「へーへー、了解ですよ」

山道から降りてきて、わざわざ耳元で大声を出して山賊退治完了の報告をしてきた剣士の少年−−アルトを少しばかり遠ざける。

こちらの機嫌が悪いことを察知したのだろう、彼はヘラヘラ笑いを浮かべたままながら、一歩二歩、引き下がった。

その様からは、「何を考えているのか分からない」といった、一種の得体の知れなさを感じ取ってしまう。といっても、アルトの考えを読めたことは殆ど無いのだが。

「……とにかく、これで先に進める、か……」

長らく通行止めだったらしいこの山道。喜ぶ人が何人いるだろうか。

それ以上に、腹が立つのだけれど。

(山賊の発生も把握出来ていなかったのか、俺は……)

あらゆる「外」の情報を遮断されていたとはいえ、帝国の全てを知らねばならぬ皇族として、恥ずかしい。

いや、たとえ把握していたとしても、討伐の為の兵を差し向けられたかどうか。

気が弱いながらも、優しかった弟帝なら、きっと困っている人々の為に、兵の出立を認めただろう。けれど、周りはそうもいかない。

甘い汁を啜ることしか知らない奴らが、沢山居たから。本当に民のことを考えている人は、少なかったから。

政治の場から(恐らく、意図的に)切り離されていた自分でも、分かるぐらいに、それがあからさまだったから。

(……嫌になるな)

何年も離れている。それでも、そんな事実を思い出せるのだから。

(今のままでは、駄目だ。早く、弟を見付けなければ)

今頃、何処に居るのだろう。性根の腐った元老院のジジイ共に捕まってなければ良いのだが。

いや、捕まっていれば嫌が応でも即位させられているであろう。が、そんな話は露とも聞かない。いくらこの周辺が辺境といえども、新たな皇帝が即位したという、話題性の高いニュースが届かない訳が無い。

ならばまだ、時間は有る。弟を見つけ出す、時間は。

(……もう、一緒には暮らせないけれど)

二人でいるよりも、一人ずつ分かれている方が、ずっとずっと、奴らに見付からずに済む。そんなことは、どんな愚か者でも直ぐに考えつくことだ。

「行くぞ、アルト」

「ほいほい、りょうかい〜」

ひょこひょこ近付いてくる。

アルトとは今から数年前−−城を脱出して数ヶ月後に出会った。

ある貧民街で、彼は盗賊の真似事をしていたのだという。ところがある時、一人の傭兵の財布を掠め取ろうとしたところを見付かり「根性叩き直してやらぁ」と連れ回されていたのだそうだ。そんな時に、自分と出会った。

それよりも少し前に、そろそろ独り立ちも悪くは無いだろう、と彼は言われていたらしいので、多少なりと報酬を提示したこちらの護衛依頼を引き受けたのだ。

それが、長い付き合いの始まりだった。

「あ、そーいやさ」

「……、何だ?」

「俺のこと初めて雇った時に「報酬だ」って言ってた腕輪あるじゃん?あれ、お前の宝物だったんだっけ?」

「……そうだが」

売ればそれなりの値段にはなるだろう。そう思って渡した。それ以外に、傭兵を雇うに足る価値のあるものは考えつかなかったし、持ってもいなかったからだ。

父がまだ存命していた頃、生まれてはいなかった自分達の為に、と密かに作らせたという、対の腕輪。片割れは弟が持っている筈だ。手放していなければ。

「実はさ、まだ持ってんぜ、あれ。なんなら今返そっか?」

「なっ……」

「いやー、いかにも大切にしてます、って顔してたからさ。人様が大事にしてたっぽいのを売っ払うのどうなんだろ?って思ってさ、ずーっと持ってたんだよな〜」

「そんな、まさか」

「お前の周りにいてた奴らと一緒にすんなよな!これでもなあ、「人の宝物には手を出さない」って俺的ルール有るんだから!」

「……」

「……よーし、こーなったら実物だしちゃる」

据わった目で、アルトは自身の荷物袋をゴソゴソと探り始める。

やがて、「あったあった」と呟きながら、彼はそれを抜き出した。

マグネメタル、と呼ばれる特殊な鉱石で作られた、この世に一つしか無い腕輪。片割れでさえ、これとは同じではない。彫り込まれた意匠が違うのだ。

肖像画以外では見たことも無い亡き父がたった一つ、自分達に遺した、贈り物。

「こりゃ紛れも無くお前の腕輪だよー。とっといた俺様に感謝しろーい」

「……、ああ」

差し出された腕輪を受け取ろうとして……止めた。

「いや、やっぱり、良い。お前が持っていてくれないか」

「……ん、感傷?」

「半分当たり、半分外れだ」

「了解っす、我が相棒」

「相棒?」

聞き咎める。耳慣れない、呼ばれ慣れない呼称。

何を考えているのか。

「いやー、もう何年も一緒だし。報酬とか最早関係なくお前に着いてってるし、俺。何つうか、アレだ。お前と一緒にいてると息がしやすい、っていうの?そんな感じ」

「………」

息がしやすい。

それは自分も同じだった。弟の傍に居る時程では無いにせよ。

軽口の多く、間延びした喋り方。だが決して馬鹿ではない、相手の気持ちを量ることだって出来る。

そんなだから、自分も心を開けたのかもしれない。今まで、周りにはそんな人は、……いなかった、から。

「……悪く、ないな。相棒」

「だろ?」

じゃ、そろそろ行こーぜ。そう続けながら、アルトはニッカリ笑って歩き出す。

その後を追い掛けようとして……いきなり襲ってきた寂寥感に、足を止めた。

(まだ、寂しいのか。俺は……)

もう、一人ではない。

だのに、何故か。

やっぱり何か、足りない気がするんだ。



(さ迷う骸は、頭ではなく血肉を見付けたのです)



12/07/05
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寂しんぼナナシと雲のごときアルト。
二人が相棒になるまで。相棒だけで満足しないナナシさん我が儘です
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