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『光を抱く高貴なる乙女』なんて存在しない−−
そんなこと言われても、現実に自分達は襲われた訳で。
「納得いかねえ!」
『まあまあ、落ち着きなよ、熱斗君』
ボスン、とベッドに飛び乗りながら不満をぶちまける自身のオペレーターを見て、ロックマンは苦笑しながら声を掛けた。
と、熱斗は枕を抱きしめながら上気した頬を膨らませる。
「だってさあ……」
あんな事件があったから、熱斗達は科学省での泊まり込みを要請されている。自宅にバラけられているよりも何かあった時に対処しやすいから、ということだろう。
それは分かる。だから我が儘を言わずに、素直に受け入れた。
だけれども、釈然としないものはあるのだ!
「大体、何でシャーロの奴らがわざわざニホンまで来て、しかも俺達をおびき出してまでして襲って来たんだよー…」
『それは……確かに』
いない筈のお嬢様を求めてニホンまでやって来て、まるで関係の無い自分達を襲って来た男達。
そう、熱斗と炎山は丸きり関係ない。熱斗は生粋のニホン人だし、炎山は多少アメロッパ系の血を引いているが、残りはやはりニホン系だ。
ただ一人、ライカを除けば。
(でも……まさか、ね)
現役軍人が実は名家のお嬢様でした、なんてフィクションの世界のようなこと、現実にある訳が無い。
「にしても、ライカの奴、結局帰って来なかったよな」
『僕達にはまだしも、真辺警視達にも何の連絡も無いなんて……』
「絶っ対おかしい!−−あいつ、また隠し事してんだよ……多分」
大事な事に限って絶対誰にも頼らず、一人でやり切ろうとするから。
彼女を尋ねて来たという四人の人物。きっと、ライカにとって何か、大事な情報か物かを持って来たのだろう。もしかしたらシャーロから来たのかもしれない。そいつらも。
そして、ライカは自分達の元には戻らず。
「……何なんだよ、ホント…」
釈然としないまま、そう呟いた時。
コンコン、と音がした。ノックの音。岬刑事のモノとはまた違う、音。
「誰?」
「俺だ。入るぞ、光」
言いながら入って来たのは、薄型ノートパソコンを小脇に抱え、赤いPETを手にした炎山だった。
その表情は、固い。
「どうしたんだよ、炎山?」
「……取り敢えず、これを見てくれ。話は、それからだ」
丸椅子に腰掛け、サイドテーブルに乗せた薄型ノートパソコンを開く。その動作には、彼女らしかぬ動揺が垣間見えた。
一体何なんだ。思いながら、再起動されたらしきパソコンのモニターを見て……絶句した。
『う、嘘……』
『……残念ながら、現実だ。ロックマン、光』
「そ、んな」
モニターに映っていたのは、凍り付けになっている、サーチマンだった。
瞳を閉じたその姿は、ともすればスリープモードに移行しているだけにも見える。だが、彼の周囲を得体の知れない氷が覆っている、という現実がそこにあるのだ。
「今から十分程前に、PETに送られて来た。送信元は、不明だ。だが……」
こんな事が出来るのは、一人しかいない。
彼のオペレーターである、ライカだけだ。
『どうなってるの……?』
『この氷は、シャーロ特有の圧縮プログラムだ。主な用途は、……古くなったプログラムの、廃棄』
「……っ」
廃棄?……サーチマンを、ライカが?
有り得ない。何でそんなことを。
「炎山、解凍方法は!?分かってるんだったら、早く解凍してやらねえと……!」
「落ち着け、光。……解凍はそう難しく無い。今からブルースに処理させる。やれるな、ブルース」
『はい、炎山様。−−解凍プログラムをインストールします』
ブルースの手の平に、球体の白い光が生まれる。彼はそれを、サーチマンの胸元を覆う氷に押し当てた。
すると、見る見る内に氷−−圧縮プログラムが解け出して行く。その様を、熱斗とロックマンは固唾を飲んで見守る。
『……、インストール、完了しました』
「どうなんだ?」
『どうやら、圧縮プログラムを施される前に、強制的にスリープモードにされていたようです。直ぐに目覚めると思いますが』
「そう、か……」
張り詰めていた空気が、僅かに穏やかなものとなる。だが、油断はしていないらしく、青玉の瞳は未だ鋭く細められたままだ。
……やがて。サーチマンの瞳が、ゆるゆると開かれる。
『……っ…』
『サーチマン!』
『ここ、は……、ロック、マン?』
『うん、そうだよ。此処は炎山君の持ってるノートパソコンで……』
『送信者不明のメールに添付されていたのが、圧縮されていたお前だ。−−何があったんだ?』
ブルースの問い掛けに、サーチマンは僅かに目を伏せた。彼自身もよく分かっていないのか、それとも……
間を置いて上げられた顔には、熱斗達と同じく、困惑の色が浮かんでいた。
『……俺にも、よく分からない。ただ、ライカ様は、「今すぐ伊集院か熱斗のPETに逃げろ」とおっしゃられて…』
『逃げろ?俺達の所に?』
『ああ。だが……』
貴女の元から離れるつもりはありません。そう答えた途端、彼女はただ、柔らかい笑みを浮かべて。
そのまま、自分をスリープモードに切り替えた。その後はよく分からない、と彼は続けた。
「どういうこと、なんだ?」
「……分かるのは二つ。一つは、何者かにサーチマンが狙われているということ」
『もう一つは?』
「……ライカが、何かの鍵を握っている、ということだ」
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