狂ったように踊りましょう
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
口酸っぱく言われることがあるのだと、彼女は唐突に話し出した。
曰く、「ヒトを傷付けることに抵抗は無いのか」と。
「そんなのあったら傭兵なんてやれないし」
「同感だ」
純白の天馬と蒼色の飛竜が殆ど同じ速さで空を駆ける。二体の背にはそれぞれ、別の少女が乗っていた。
一人は帯剣をしている、青い鎧を着込んだ少女。頭には兜を被る代わりに、これまた青いバンダナを巻いていた。明るく輝くその瞳は亜麻色。
もう一人は槍を背負った、片割れよりも軽装の少女。肩当てと胸当て、具足は全て赤く、それ以外に身に纏うは白と黒のみ。唯一、瞳は青玉。
竜騎士、光熱斗。天馬騎士、伊集院炎山。
「相手は?」
「酒場でたまたま会ったお爺さん。結界の外は知らないってさ」
「そうか」
少しばかり期待したのだが、一瞬で興味が失せた。意図的に視線を逸らして、遥か下に広がる大地に見据える。
「……とっくの昔に薄汚れた身なんでな……」
『炎山様?』
「いや、何でもない」
ポツンと零してしまった呟きは、最も間近にいるブルースにも聞き取れ無かったようだ。安心した。
父は大貴族だが、母は婢女。父には認識されず、母と二人だけで貧民街での毎日を過ごしていた。ロクに食べる物が無かった日もあった。着る物も満足に手に入らない。だが幸せだった。そう思う。
それはきっと、愛情の保証がされていたからだ。
母が亡くなり父の元に引き取られてからは、長姉とブルースだけが寄る辺になった。貧民の血を引くというだけで、彼女達二人以外からは汚いモノ扱いされ、白い目で見られた。
そんな風だったから、天馬騎士になって家を出る、という考えを持ち始めたのだと思う。
(振るう相手は、考えていなかったな)
ただ、初めて人間相手に本気で槍を向けた時に、躊躇いなんて無かった。魔物を相手にするのと感覚が変わらなかった。
多分後の生でも、その感覚は変わらない。
(今更血まみれになろうが、構わんさ)
端から汚れているのだ。どうせ汚れ方が変わるだけ。
なら他人の言葉なんて気にならない。
生まれはともかく、生き方は自分で決めた。だとしたら全ては自業自得となるしかない。自分で背負うしかない。
何故なら、それは−−
「−って、楽だもんなあ」
「っ……」
思考を読まれたのだろうか。いや、コイツにはそんな高等技術は無い。
表情を見れば、特に何も考えず、世間話の延長線として放ったモノらしい。いつもの人に好かれる、元気な顔。
「どうしたんだよ、炎山」
「……別に」
何でもない。そう嘘を続けて、また前を向く。
熱斗と話していると(今のは彼女が一方的に喋り続けていただけだが)、心と記憶の片隅に置き去りにした筈のモノが次々と引きずり出されてしまう。
それでは駄目だ。他人の言葉程度に揺り動かされるのでは。
(もっと、奥へ)
沈めて沈めて。もう二度と浮かび上がってこないように願いながら、深く深く。
箱の中に閉じ込めるように。
(開かない箱の、中に)
ガチャン。
「なあ、炎山ってば」
「何だ」
「……やっぱり、話聞いてないし」
「お前の無駄口に耳を貸すつもりは無いんでな」
「何だとぉ!?」
『ちょっ、ちょっと!落ち着きなよ、熱斗君』
騎乗中にも関わらず身を乗り出した主に慌てたのか、それまで黙っていた蒼竜が口を開く。それでバランスが崩れ始めているのに気付いたのか、不満げながらも熱斗が体勢を直す。
後は、沈黙だけが流れ出した。
(それで良い)
言う必要なんか無い。
現代の亜麻色の瞳の乙女。ただでさえ重いモノを背負う羽目に会ってる彼女に、これ以上余計なモノを被せる訳にはいかない。
自分も「緋炎の騎士」だかなんだか呼ばれているが、それ故に二つ名の重みは知っている。
『炎山様。もう少しで目的地に辿り着きます』
「分かった。行くぞ、光」
「ああ」
天馬と蒼竜が少しずつ下降する。近付く地上。−−近付く、戦場。
生きると決めた場所。
(そして降り立つは、血塗れた手で凶器を握り締め舞い踊る、狂った戦乙女)
12/03/19
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
熱斗を主役にしようと考え早々に挫折した話。
「緋炎〜」の元ネタは聖魔のマリカ。しかし彼女は剣士であるとか言ってはいけない(FEの女竜騎士のイメージカラーは赤が基本だからこの二つ名自体は合う……と思う)。
にしても炎山を主役にするとやっぱり雰囲気が極端にry