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「随分苦戦してんなあ、死神様よぉ」

入退場口を思い切り蹴飛ばしたウォーロックはのんびりと、刀を振り回し続けている炎山に声を掛けた。

「ああ……面倒な罠を仕掛けられたんでな」

「糸だろ。曲弦糸」

「仕掛けた奴に心当たりでも?」

「ああ。こんなことを一々仕込む奴が、俺の知り合いにいるんだよ」

「ならさっさと首輪を掛けてきてくれないか。俺は罠を全部取り払わなければならないんだ」

「分かった」

「終わったら合流する」

「はっ!−−その前には終わってるだろうけどな!」

張り巡らされた糸を風で切り刻みながら、悠々と外へ出る。建物沿いに歩く。

屋内はステージと客席以外は今頃、糸によって「あいつ」のテリトリーになっているだろう。そのくせして屋内にいることは無い。屋内のが圧倒的に有利な筈なのに、何故だか屋外で待っているに違いない。

そういう奴なのだ−−「あいつ」、そう、

「来てやったぜ、ハープ」

「あら嬉しいわ、ウォーロック」

白くたおやかな指は今、黒い手袋と幾つもの糸で覆われている。

曲弦師。様々な種類の糸を己の指先で、息を吸うように操る者。熟練者なら一瞬でヒトの命をたやすく奪える。

しかしそれは本来、護身術あるいは拘束術として力を発揮する。攻撃術としては屋外では殆ど役に立たない。動き回る対象に直接、糸を掛けなければならないからだ。

「昨日も思ったが、何でわざわざ外で仕掛けるんだよ。……ってなあ意味の無い質問か。お前、人間世界でいう「えんたあていなあ」的だもんな」

「ガサツで乱暴な貴方にしては、良い表現ね」

敢えて目立つ。隠密行動はしない。

それはまるで、ステージで派手に歌い踊り狂うアイドル達のように。

「……女に手を上げるのは、趣味じゃねえんだよ」

「電波タワーで既に戦り合ってるんだから、今更な発言よ、それは」

「ま、だよな」

指揮者の如く、ハープは腕を振るう。指を動かす。

己を拘束する為に動き回る糸をかわしながら、思案。

(近付けさせねえか)

曲弦師が最も得意とするのは長距離戦(ロングレンジ)。対して自分が一番力を発揮出来るのは密接距離戦(クロスレンジ)。かなり相性が悪い。

最も、糸にさえ触れなければ、絶対的優位を保てるのだが。

(面倒くせえ!)

こんなチマチマした戦いはまるで性に合わない。しかも近付けない。イライラする!

「さっきまでの余裕はどうしたのかしら?」

「お前こそどうなんだ?」

「こんな程度で苛ついていたら、曲弦師なんて出来ないわ。基本は待ち戦法だもの−−あら?」

糸の猛攻が止まる。生き物の如く動き回っていたそれらは、くてりとコンサート会場の屋根に落ちた。

「随分時間が掛かっているようだな。俺が来る前には終わらせるんじゃなかったのか?」

「うっせえ」

突然の闖入者、伊集院炎山の姿を確かめたハープは、あからさまなまでに不機嫌となった。

それを気にも止めず、炎山は鎌を構える。

「何を考えているのかは知らんが、取り敢えず捕まえさせて貰う」

「意訳はウォーロックに手を出すな、かしら」

「なかなかぶっ飛んだ意訳だ。大分違うが、今はそういうことにしておいてやる」

「あらそう。まあ良いわ、やってごらんなさい、乱入者、さん!」

ヒュイ。糸は空を切り裂いて−−

呆気なく、死神を捉らえた。

「……あら?言う割に情けないんじゃない?」

「まさか。くらうにはそれなりに意味が有ってだな、」

己の動きを封じ込めた、目に見える、見えない糸全てを、彼女は一手に握り締める。

意図を理解したウォーロックは、素早くその場から離れた。念の為。

同じく何をするつもりか察したハープも、手袋を外そうとし−−

「−−遅いっ!」

バリィ!

糸を伝って、凄まじい高圧電流が曲弦師を襲う。その細身を、間近で起きた爆発を思わせる衝撃が支配する。

それは正に一瞬で、片が付くには十分な刹那。

「……よく此処までやんな」

「動きを封じただけだ。二、三日もすればまた動き出すだろ」

「えげつねえ」

勝負を奪われたことへの精一杯の恨み言も、炎山にはどこ吹く風。

焼き切れなかった糸を見て、彼女は眉をしかめている。

「絶縁体も混ぜているのか……。ロクに重石も付けて無い辺り、曲弦師としては相当腕の立つ女だな。というか、お前の知り合いにはこんな奴しかいないのか?」

「生憎そうだ、としか言い様ねえよ」

お前に言われたかねえけど、とは言わない。それを言えばどうなるかぐらいは分かる。

「んで?ブルースはどうしたんだ?」

「罠の解除とスタッフの救出を任せた」

「信用されてねえのか、俺」

「いや?お前のことだからどうせ戦いに夢中になって身柄確保なんぞしないだろう、と思ったから来ただけさ」

「そもそもセイバーとして来た訳じゃねえしな」

ただ単純に、昨夜の決着を付けたかっただけなのだ。横から見事に掻っ攫われたが。

「ごもっとも」

奪い取った張本人はクスクス笑いながら、最後の糸を屋根に落とした。



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