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「とっとと起きろ、スバル!」

「ふぇっ!?」

がばちょ、と起き上がる。寝ぼけ眼にはウォーロックの、剣呑な表情が映った。

「あ!−−ミソラちゃんは…?」

「まだステージだ。熱斗とロックマンが足止めしてる」

「熱斗君達が…」

見れば、熱斗が炎の刃をミソラのギター目掛けて振り下ろそうとしていた。

「待って、熱斗君!!」

出せる限りの大声。幸い、此処は音の反響に優れた場所だ。戦闘に集中していたらしい彼女にも届いた。

ピタ、と炎がギリギリギターに触れるか否か、という位置に止まる。

「スバルっ、早く!俺じゃ止めんの無理!全然聞いちゃくれないよ!」

それは少し考えれば、あっさり分かる主張だった。

殆ど赤の他人で同時に絶対安全圏の存在である熱斗の声が、ミソラに届く訳も無いのだ。

そもそも、ミソラが何故こんな事態を起こしているのか、……

『私の歌は私とママのモノよ。天国のママを喜ばせる為のモノ…。それなのに、これ以上お金の為なんかに歌えない…!』

あの叫びは、ミソラの本音に違いない。だけれども、彼女の主張は通らない。

埋まれた隙間に、何者かが付け入ったのだとすれば?

(まさか……)

だが、それなら、少なくともそれなりには辻妻が合う。昨日までの彼女には、絶対にこんな法力は無かった。幾ら歌そのものにある程度の力が備わるといえども、彼女自身の法力がそれに追い付いていない以上、これだけの人数を一度に眠らせるまでには至らない。

ならば誰かが、彼女に力を貸しているのだ。

(でも、一体誰が……)

「スバル。力を貸してる奴には心当たりがある。此処にはいねえみたいだがな」

「それじゃあ」

「俺がそっちに行く。お前はあの女をどうにかしやがれ。……話し合った時から助けてやりたかったんだろ、お人良し」

「……、うん」

今迷っている暇は無い。このままでは、熱斗達は彼女を倒さなければならなくなる。信用していない訳では無いが、下手をすれば全治何週間どころか何ヶ月以上もの傷を負わせてしまうかもしれない。

付け入っている奴の目的は何か、自分には分からない。ただ分かるのは、自分が彼女を助けたいということ、それだけだ。

「行って、ロック」

「分かった。…、その、無茶すんじゃねえぞ」

「ロックに言われたく無いよ」

風の如く駆け出したウォーロックの、何時に無く珍しい囁きに軽く見せ掛けた応えを返し。座席を蹴って、ステージ近くの花道まで飛び降りる。

当然のように、武器は具現化しないで。

「スバル君、大丈夫?」

「うん。心配しないで、二人共。下がってて」

「分かった。頼むぜ、スバル!」

あっさりと引き下がった二人を背にして、スバルは目の前の引き裂かれた歌姫と対峙した。

流石に彼女が出て来るとは思っていなかったのか、ミソラの深緑の瞳が揺れる。

「スバル君、…来てたんだ、ね」

「たまたまだよ。……ねえ、ミソラちゃん。止めようよ、こんなこと」

観客達に表立った危害を加えていない今なら、まだ何とでも言い繕える。

だが彼女は。

「……ごめんね、スバル君。私、戻れないの」

キュイン、と弦が掻き鳴らされて−−

花道近い観客の何人がいきなり殴られたように、顔を退けぞらした。

(音塊?)

常人にはとても出来ないことを、指先と楽器だけで今、ただの人間に過ぎなかった筈の少女がやってのけた。

これは。正に異常事態。

「もうウンザリよ。私のことをお金儲けの道具にしか見ないマネージャーさんも、私を勝手に祭り上げているファン達も」

そして。

「私のことを、理解してくれた筈の、スバル君、君もっ!」

そんな目で、私を見るな。

「お話なんて知らないわ。−消えてっ!!」

ギュイ、ギュイン。ギターの弦が荒々しく掻き鳴らされて、幾つもの音塊が武器となって、スバルの細身を襲う!

「スバル君!」

ほぼ同時に生まれる風圧に耐えながら、ロックマンが叫ぶ。

目の前の少女の変貌を、剥き出しになった攻撃性を、スバルはただ、受け止めた。

「−−っ!?」

「……アハハハ。やっぱり、痛いなあ…」

二つも三つも込められた、相似した痛みは。痛い。

「痛いんだよ。……ミソラちゃんも」

「っ、そんな、こと」

「じゃあ何で、…そんなに泣きそうな顔、してるの?」

「私、そんな、……」

「……ねえ、大丈夫。大丈夫だよ」

少しずつ、近付きながら。自然と優しく、声を掛けていた。

「あの時、言ったよね。僕達は一緒、だって」

停滞した時間。大好きな人がいなくなって、現実に一人さらされて。

身を守る為に願わない道を選んで、そしてどんどん擦り切れて。

「一人じゃないんだよ、きっと」

こっちがそう思っていても、誰かが手を差し出してくれたなら。

そう、一人じゃない。

「……僕が言えることじゃ、ないんだろうけど」

だけど、声を届けたい。

鏡に映った存在だからこそ、言えることもあるから。

「……私、私………っ!」

ギターが落ちる。頭を抱えてうずくまる。

「頭、痛いっ…」

「え…?」

「マズイよ!熱斗君!」

「分かってるよ!−エイリアさん、聞こえる!?救急車の手配して欲しいんだけど−」

激動の奔流がステージを支配していた。ように、スバルは感じて。

しゃがんで震える以外に動きそうに無いミソラの腕をただ、慰めるかの如く撫でているしか、出来なかった。



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