繋いだ手に真実は行方不明
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遥かな時を越え、幾度も己の器を替え続け、そして漸く握ることの出来た手は、とても暖かった。
嬉しかった。だけれど、続く言葉は俺に虚しさを感じさせた。
「初めまして。これからよろしくね、『ゼロ』」
まだ子供だった、十何人目かの俺に手を差し出して。そんなことを言い放った彼女は、……遠すぎる過去をすっかり忘れ去っていたのだ。
当たり前だ。何年経ったと思うのだ、既に四千年だぞ?覚えている方が、いや生きていることがおかしい。
彼女は時の経つことでは死ねない精霊や妖魔、魔物ではなく、正真正銘の人間、なのだから。
あの虚ろな死神と契約を交わし、記憶と能力を保持したまま、永遠と『ゼロ』として蘇る俺が異端なんだ。
そう、分かってる。
「どうしたんだい?」
「い、いや……。よろしく頼む、エックス」
実に不思議そうな表情と、淡い空色の手袋に包まれた手の暖かさ。それが新たな『ゼロ』として、強く強く脳裏に焼き付いている。
「見つけたぞ、死神」
「……」
エックスとの『再会』の後、捕まえた暁シドウに彼女の存在を聞いて。
居ても立ってもいられなくなった。−−ある意味、始まりを作ったのはこの女だ。
「久しぶり、といえば良いのか?」
「だろうな。最も、今の『俺』に取っては初めまして、だが」
「そのようだ」
飄々としているようで、実体はあの時と殆ど変わっていないようだ。人と混じった際の立ち回りを身につけてはいるようだが。
虚ろなる死神、伊集院炎山。時の移ろいに流されぬ、不変なる者。そして、この世のありとあらゆる魂を流転させる存在。同時に、停滞させる能力も合わせ持つ。
彼女はその能力を用いて、俺をこのような存在にしたのだ。
……俺の、同意を得た上で。
「……まさか、此処にエックスがいるとは思わなかった」
「生憎、俺もだ。……俺が来た時にはもう、暁が保護していたらしい」
「何処にでも出て来るな、あの男」
「性分、だそうだ。…、所で」
何処と無く濁った青玉の瞳が、探るような光を宿していた。……何か気にかかることでもあるのだろうか、俺に対して。
「貴様の心臓。何か、細工でもされたのか?」
「……は?」
俺の、心臓?
思わず左胸に手を当てる。分かるのは、心臓がドクドクと波打っている様子だけだった。
何の事だか、サッパリ訳が分からない。俺を惑わしたい、というのではなさそうだが……
「……精霊石の力を感じる。お前の心臓から。だが、人間が精霊石を宿して生まれることはない。外部から何かしらの干渉をされない限り、」
「精霊石が心臓に宿るなど有り得ない、と言いたいのか?」
「そうだ。貴様、何をされた?」
「知らん。今の俺には、今代の『ゼロ』としての記憶が無いんでな」
涼しい顔で答えてやった。記憶が無いというのは事実だ。前代までの記憶はあるのに、今代は暁に保護されてから(正確にはサテラポリス付属の保護施設で目覚めてから)先しか覚えていない。
だから、精霊石が心臓に云々など言われても、思い当たりが無いんだ。
「………、面倒だな」
呟いた死神の表情には、真実そう思っているらしく、些かの緊迫感が滲んでいた。
どうやら、俺の中に精霊石が宿っている、と言うのは相当問題のあることのようだ。だからと言って、どうすることも出来ないのだが。
少なくとも、俺には。
「……ブルースの…いや、身体に負荷が………後三年経てば…」
ぶつぶつ呟くこの女には、どうやら俺から精霊石を取り出す手段が分かっているらしい。しかも、それを手の内にしているのだろう。大体予測はつく。
しかし三年だの身体に負荷が掛かるだの、とにかく不穏当な言葉ばっかりなんだが。どうやら俺はとにかく、面倒なものばかりに好かれている、ような気がする。
と、結論を出したらしい。死神の、形の整った唇が動き出す。
「三年だ。三年経ったら、お前にブルースの『再生』を掛ける。それで精霊石を取り除ける筈だ」
「……俺から精霊石は絶対に取り除かなければならない。そう言いたげだな」
「普通の人間には精霊石の力は強すぎる。お前は一概に普通とは言えないからまだ保っているが、五年もすれば身体が崩壊する一方になる程度には浸蝕されるだろう」
「その前に、か。−−禁術も相当、身体に負担が掛かるんじゃないか?」
「十を越えればどうにかなる」
キッパリ言い放たれれば、何も言いようが無い。そもそも、禁術に詳しいのは明らかに彼女の方だから、初めから文句など言える筈が無いんだが。
禁術を使用する当の本人からは何の発言も無い。元々無口な性質のようだから、死神の方は気にも止めてないのだろう。
「とにかく、暫くは大人しくしてろ。その方が多分、保つ」
「そのようだ」
最も、エックスに危機が迫った時は別だ。今の俺は子供だが、それまでの『俺』の戦う術は全て継承されている。
「じゃあな、小さな騎士様。……出来る限り、出会わないことを望む」
ポツンと呟かれた、恐らく本音には答えられなかった。
ただ、ヒラリと身を翻し、影の向こう側に姿を消して行くを黙って睨みつけるしか、俺には出来なかったのだ。
「あ、ゼロ。……どうしたの?」
「いや……少し、話をしたくなってな」
「そっか」
書類を抱えるエックスの、翡翠の瞳は何処までも暖かい。戦いを好まず温厚な彼女らしい光を宿した、良い目だ。
最初はそんな目に惹かれたんだったな−−考えながら、俺は彼女の空いている左手を掴もうと、今はまだ子供の手を伸ばした。
「?」
気付いたらしい。エックスは一瞬不思議そうな顔になったが、直ぐに微笑み、俺の手を柔らかく握る。
暖かい手。真実を知らない手。
(今は、それで良いんだ)
何もかもを記憶していない彼女に知らせる必要性なんて、これっぽっちも無い。
(真実なんて、時に知る意味を無くすものなのだから)
11/02/04
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ただ今ロクゼロ及びXフィーバー中。話もエックスとゼロ中心。
久々の一人称。うちの赤色二人はどうやら相容れないようです。……こんな関係もいいじゃないか(え)