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意識を失った幼い形の主の側で、うつらうつらしていたウォーロックの耳に、それは確かに届いた。

「………」

今は眠っているスバルを見遣り、扉の向こうで見張りをしているはずの炎山の存在を考え。

彼はボリボリ頭をかくと、窓を開け放し夜闇の街に飛び出した。



(……何のつもりだ、ってのは考えるまでもねえな)

結界の内側にも関わらず現れる魔物を、爪で薙ぎ払いつつ駆け抜ける。

やがて辿り着いた目的地−デンサンシティ中に公共映像電波を発信する巨大な鉄塔−には、予想通りの人物が腰掛けていた。

「よお。久しぶりじゃねえか、ハープ」

「あら。お久しぶりね、ウォーロック」

「さっきの歌、お前だろ?」

親しみとは縁遠い感情を込められた台詞に、ハープは嬉しそうに笑う。

「誘いに乗ってくれたのね?」

「宣戦布告の間違いだろ?」

「さあ、どうかしらっ!」

言葉の終わりと同時に勢い良く伸ばされた鋼の糸を、少しだけ首を傾けて避ける。直線的で単純な攻撃程、避けやすいものは無い。

傷が出来る代わりに、はらりと切り落とされた自身の碧翠の髪には気を掛けず、ウォーロックはただハープを見詰めた。

「何考えてんだ、お前。戦うのは苦手なクセに、俺に喧嘩売りやがって」

宣戦布告は戦う為。それは分かる。だが、理由には思い当たりが無い。

「仕方ないじゃない、王の命令なんですもの。貴方を始末しないと、私は精霊界に帰れないのよ」

「そりゃ大変だな!」

「ええ、本当に!」

突風と大気の唸りが激しくぶつかり合い、衝撃だけを残して消える。

躊躇無く第二波を繰り出そうとするウォーロックの様子を見て、迎撃せんと構えたハープはふと、辺りを見回し−

「……夜明けが近いみたいね」

落ちようとする、真円近く膨らんだ月に目を留めて、ぽつりと呟いた。

「残念だけど、今日はこれでおしまい。−次はお互い、契約主と共に戦いましょ?」

「んだと!?てめえ、自分から吹っ掛けといて、逃げるつもりかよ!」

「あら、やあねえ。そういう訳じゃないわ。このまま戦っていたら中途半端に目立ってしまうんですもの、そんなのは…私自身が許さないだけよ」

「っ…」

「じゃあね、ウォーロック」

優雅に身を翻し、暁闇(ぎょうあん)に消えた旧知を追う気力は、彼には残されていなかった。

不完全燃焼のまま無理矢理終わらされたことで、やり場を失った高揚を頭をかいて適当に逃がしながら精一杯考える。

(アイツにも契約主がいるのか。……一体誰なんだ?)

ハープの気分屋体質はよく知っている。契約の履行は本来の力を解放されると引き換えに、ある程度の自由を制限される−すなわち、自身の意向だけで行動出来なくなる−にも関わらず、誰かと契約したということは。

珍しくも、彼女は本気ということだ。

「……厄介事になりそうだな」

忌ま忌ましそうに呟いた彼は舌打ちすると、タン、と跳躍する。早く戻らなければ、目覚めたスバルに何か疑われるかもしれない。

屋根伝いに戻るウォーロックの表情に、いつもの余裕は存在していなかった。



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