義務感覚
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煤けた赤煉瓦の壁が蕩けるように歪む。やがて柔らかな輪郭が壁に描かれ、それが水彩絵の具の如く部屋の中に滲み始めた。

最早慣れた光景だ。ライカは溜息をつくと、スプリングの弱ったベッドから音を立てずに降り立った。たったそれだけの行為。けれど彼女には、それすらも孤高の獅子と同じ様に、気高く見えた。

「何か報告が有るのか、星河」

「うん、ちょっとね」

己に備わった物質透過能力を駆使して、帝国最重要人物を『護衛』する為配置された、幾多の警備をかい潜った修道女は柔らかく微笑むと、一通の封筒を懐から取り出した。

差し出された封筒をサッと眺めた彼の、透き通った水晶色の瞳が見る間に不機嫌そのものに歪む。原因は確実に宛名。

「……別に、嫌がらせじゃないと思うよ?」

「そんなちゃっちいことでわざわざ手紙を書くような女ではないだろうが、アイツは」

「それもそうだね」

他愛も無い会話を封筒の縁と纏めて切り裂くペーパーナイフ。中から一枚の紙切れを取り出す。見るからに高級と取れるそこには流麗な字の群れが、これまた上質のインクによって書き込まれていた。

「元老院の保守派が喚き出したか。それに、裏で巨額が動いている……」

「流れ着く先は革命派だろう、っていうのが炎山君の見立てだよ」

「妥当だな」

と言うより、それ以外に有り得ない。

過去に消え去った筈の少年皇帝が今更ながらではあれど、再び姿を現したとなれば、それは火種以外の何物でもない。

保守派の貴族達にとって、傀儡皇帝はこれまでの利権を握る為に必須。しかし、革命派の面々から見れば、彼は『理想』を実現する為には排除しなければならない、最大の障壁。

正直、ライカにとってはどちらの思惑も迷惑なものでしかない。しかし、自身の立場はそう見られても仕方ないものだから、文句を言えないだけだ。

「……こうして考えると、セイバーに所属していた頃が一番楽だったかもしれないな」

どこと無く遠い目で呟くライカを、スバルは信じられないとでも言いたげに見詰めた。

「この立場は、しがらみが有りすぎる。それに、奴らに必要なのは俺じゃない、『皇帝』という称号を与えられた人物だ」

その事実は、今までの史実が物語っていた。

ライカが皇帝に持ち上げられる運命を定められた理由は、代々皇家に伝わる未来予知の力を受け継いでいたからだ。ただただ増幅するばかりで、幼い頃の自分にはまるで制御出来なかったのだけれど。

彼等にとって、皇帝である理由はそれだけで良い。無能だろうが有能だろうが関係無い。いれば良い。それ以上は何をしたって変わらない。

そうでなければ、こんな所に閉じ込められる訳も無いのだから。

「……でも、僕はライカ君が皇帝じゃないと嫌、かな…」

「何故?俺は、皇帝としてでは何も出来ていないぞ」

「それはそう、なんだけど…」

なんでだろうね。

小さく呟いた元暗殺者には応えず。ライカは静かに目を閉じる。

眼裏に浮かび上がるはそれまで過ごしてきた日々。澄み渡る蒼穹、真白に染まった森林、投げ付けられる小石。そして酷く痛んだ魔導書、呪詛に悶え苦しむ碧翠の神鳥、伝説の再来と謳われた青き竜騎士。

(俺は……)

何の為に表舞台に上がったのか。それは−

「星河」

「何?」

「……必ず、此処を出る。協力してくれるか?」

「もちろん。僕達は友達、でしょ?」

助けない理由は無い。言外にそう告げたスバルに対し、ライカは漸く微笑んだ。

皇帝という立場と意味。心の底から安堵することは出来ず、その重みを背負って音を上げることも許されない。

だけれど、今だけは安らいでも良いだろうか?

そう、今だけは……



(義務の感覚も忘れて)



11/10/24
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だいぶ放置してたFEパロ。やっとちょっとはFEぽくなったかな?タイトル詐欺になったけど。
FE新作やりたいなあ。久々の完全新作だもんね、その前に封印二周目烈火暁クリアしようか私
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