善もなく悪もなく、ただ世界があった
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「アンタ達、ちょっとは怪我をせずに戦う努力、出来ないの?」

一人一人に治癒魔術を施しながら愚痴る精霊が一人。紫晶石の瞳が言葉とは裏腹の光を燈している。

素直になりゃもうちょっとは可愛いんだろけどなあ。どうでも良いことを考えながら、トマホークマンは大人しく、薬の精霊メディの治療を受けていた。

激化していく戦争の只中。戦闘能力に長けた精霊達は最前線に送り込まれ、サポート能力に優れた精霊達はひたすら後方支援に従事する。

いつの間にか出来ていた体制。皆何も言わずに従う。従わなければならないと思っている。でないと、終わらないから。

「ハイ、これで終わり。さっさと戦場に戻りなさいな」

「人使い荒いなあ…」

「何か言ったかしら?」

「いんや、何にも」

こんのブラックナースめ、とか口には出さない。毒薬を投与されては堪らない。

運び込まれる怪我人は多数。つまり、彼女が治さなければならない人数も多数。そりゃ気もたつわな。

もう面倒くさい。さっさと終われば良い。前線部隊も後方部隊もそう感じているのだろう。自分もそうだ。もしかしたら、人間側も思っているかもしれない。

……どうしてだか、終わらないけれど。

「アンタ、早く行きなさいよ」

「分かってるって」

いつものトマホークではなく、使い慣れないハルバードを呼び出して。戻るのも億劫な戦場へ−−

立ち上がった瞬間、救護室に強烈な音が鳴り響いた。襲撃を知らせるアラート。

「……遂に、此処まで来たのね」

「みてぇだ。どうする?」

「当然、殺るに決まってんじゃない」

「だよな!」

瞳に物騒な光を宿すメディの手に現れた巨大カプセル。トマホークマンは彼女からそそくさと離れる。これから起きるであろう惨事から逃れる為に。

アラートの鳴り止んだ刹那、重い物を振り下ろす音が聞こえた。同時に、突き破られた壁。

雄叫びを上げながら突撃してきた巨漢達の頭上に、巨大なカプセルが投げ込まれた。

「もう放棄するとはいえ……、治療室では静かに、ね。−ポイズンカプセル!」

彼女が叫ぶと同時に、カプセルが破裂する。淡い紫の粉が雪の如く部屋中を舞い散り−

トマホークマンの唇が動く。「さよなら、人間共」、そんな風に、死の宣告をゆっくりと。

瞬間、男の一人が血泡を吐いて倒れ込んだ。また一人、また一人、ドミノの様に崩れ落ちていく。その度沸き起こる轟音。

「さ、さっさと行きましょ。ゴミ掃除は終わったことだし」

毒殺した張本人は出来上がった死体達に一瞥もくれず、棚に並べていた薬品の瓶を次々と医療鞄に詰め込んでいく。幾つかは人間が倒れた衝撃で割れて中身が流れ出てしまったが、気にかけている余裕は無い。

薬品の知識に乏しいトマホークマンは、言われる前に大人しく壁にもたれ掛かり、メディの作業の終わりを待つ。時折、死体に目をやりながら。

(……早く終わりゃ良いのに)

面倒くさい。こんな楽しくも無い、腐臭が漂うだけの戦い。

感情のまま、足元に落ちていた瓶の破片を蹴り飛ばす。

茶色のそれは男の白目に突き刺さって。とろり、粘ついた血が真白の床を赤黒く塗り潰した。



11/08/12
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
メディ初登場。攻撃担当の二人と組ませたくなる。今回は時代の関係上トマとペア。
四千年前。トマでさえ欝寸前とかヤバイ時代だ……。というか私はメディを何だと思っているのか
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -