泡雪の夢が動き出す
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昨今、精霊の関わる犯罪が多い。彼等は契約主さえいれば力を発揮出来るし、主の命令には基本的に絶対服従だから、何も知らない主を唆して犯罪に走らせたり、犯罪者と契約してしまい犯行を手伝わされたり、とにかくそれらのパターンが増え続けている。
こりゃ時代の変化かなあ、思いながらシドウは目の前に重なる書類を眺めた。いずれも精霊が関わった事件の詳細を記したものだ。
外見は若干十八歳だが実際には既に二千を越える程長い時を生き、経験も豊富な彼はサテラポリスの中でもかなり高い地位を得ている。
従って多量の情報や記録を収集出来るのだが、過去の記録と照らし合わせれば、現在の精霊関連犯罪の増加傾向は明らかだった。
「これは流石に、何か対策立てないと。うーん…」
『シドウ。差し出がましいのですが』
「何だ、アシッド?」
ほんの二十年程前に契約したばかりの人工精霊に軽く返す。
実体化したアシッドは長い睫毛に縁取られた浅黄の瞳を真っ直ぐ主に向けた。
「世の中には歯には歯を、目には目を、という言葉があります」
「…確か、ハンムラビ法典だっけ?」
遠い記憶を掘り出す。便利な言葉だよな、目には目を。
アシッドが何を提案するつもりなのか、分かった。けれど続きを促す。
「精霊には精霊を。私達精霊だけの部隊を創設し、精霊関連犯罪にのみ当たらせる、というのは」
「……ちょっと考えたんだけど、それ。昔の結界の影響で精霊は単体でじゃロクに力を発揮出来ない。それは相手も分かってるから、いちいち誰かと契約したり−あるいはさせたり−、そうやって余計に「被害者」が増えてしまう。こっちも精霊達で対抗するなら、どうしても契約主とのペアにしなきゃいけない。それに、精霊の全力を引き出すには契約主自身の力の有無も問われるし…」
「大規模にしなければ良いのでは?」
「それだと一人一人の負担が大きくなりすぎる。ていうか、分かってて言ってるだろ、アシッド」
「はい」
淡々と、事実を。
強弱の差は有れど、精霊達の能力は人間のそれより常軌を逸したものが多い。同じく人間離れした力を持つ天使や妖魔なら単体でも対抗出来るだろうが、サテラポリスに所属している天使、妖魔は非常に少なく、彼等だけで組むのは現実的ではない。
「難しいなあ」
「とか言いつつやるんだろう?」
「……、……」
くるんとイスごと振り返る。己の気配を掻き消して、いつの間にか立っていたらしき死神の少女。彼女の契約精は実体化こそしていないが、確かに彼女の側近くに控えている。
「……最初から聞いてた?」
「いや。だが、話の趣旨は分かっている」
気付けばデスクに腰掛けている。艶めかしい黒タイツに染められた細足を優雅に組んだ死神は、けだるい視線を自らの仮の上司に向けた。
「要するに、俺とブルースを精霊犯罪撲滅にこき使う、ということか」
「……別に君達に限るつもりは無いよ?」
「ならエックスも加えるか?あの女なら精霊と契約せずとも、契約精と対等に戦う力があるぞ」
「でも、本人が戦うのを嫌ってるから。無理はさせられないよ」
「……」
蒼の双眸。宝石の如く鮮やかな瞳が、シドウの濃藍の瞳を射抜いた。
「そんな甘いことを言っていられる状況か?」
彼女の白くたおやかな指が指すは積み上がった書類。全て精霊が関わった事件の資料。
年々増える事件の数。通常の部隊では対処仕切れない。何故かって、それは通常の事件の数も増加しているから。
「…人数が少ないことに変わりは無いけど。遊撃部隊程度になら動けるかな……」
ポツリと零した台詞に満足したのか分からないが、炎山はデスクから降りると、底の読めない一瞥だけを餞別にして、優雅な足どりで部屋から離れていく。
足音が聞こえなくなった頃に、それまで黙り込んでいたアシッドがようやく口を開いた。
「押されましたね、シドウ」
「ああ」
時折だが、彼女からは死神であること以外を起因とした威圧や気迫を感じる。
……けれど、彼女の過去を追求する気は無い。それよりも。
「……現在(いま)、だ」
「そうですね、シドウ』
透き通った光を放つダイヤモンド−アシッドの精霊石−がシドウの手の平に収まる。
書類の山を睨みつけながら。彼は立ち上がる。
全ては、ささやかな夢を叶える為に−
11/07/21
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セイバー設立裏話。立案者はシドウさん。炎山は適当に乗っただけ、エックスはとばっちり。
そうさ、設立当初はこれだけの人数だったのよ…セイバー。