穏やかなヒガンザクラ
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実験は終わっている。理論も(自分では)大丈夫。なのに目の前のモニターは真っ白。論文も真っ白。でも締切は近い。

熱斗は思わず頭を抱えた。書けませんでした〜、とか言ったら俺確実に単位貰えないよな!?

彼は若干十六歳の身ながら、某有名大学の理工学部インターネット科学科に所属する秀才である。更には彼の天才科学者光祐一郎の実の息子、という事実も重なって、熱斗は周りから大変期待されていた。実際彼の打ち立てた理論は実現すればなかなか有意義なものだったから、余計に。

しかし当の本人はこのザマである。

「……バックレようかなー?」

『そんなことしたら、もっととんでもないことになると思うよ』

物騒な思い付きはやんわりロックマンに止められる。PETを見れば、にっこりしていても目だけは笑っていなかった。…怖い。

勿論、論文放棄だなんて馬鹿なことをする気は無い。無いのだが、こうも筆が乗らないとなるとヤバい。

「あーあ…。どうしよっかな…」

「どうするも何も、書くしか無いだろう」

「いやそりゃそうなんだけど…うん?」

気のせいでなければ、今この場(科学省研究室)にいる訳が無い人物の声がしたような。

ほんのちょっとの期待とまさかなぁという思いと共に、イスに座ったまま振り返る。

果たしてそこには。

「炎山!?何で…」

「いたら何かあるのか」

「…そういう訳じゃ、無いけど」

肩より下に届く程長くなった白と黒の髪。顔立ちは相変わらず端正で、しかし幼さはもう存在しない。蒼の瞳は鋭いだけでなく理知的で、それだけでも相当なのに、スラリとした体駆や佇まいが格好よさに拍車を掛けていた。

四年。そう、四年の月日が流れたのだ。これだけ素晴らしい成長をしていれば四年前以上に「同性」に好かれるのは道理。

IPC副社長にして戦友。「女」の身で世界を相手取る。その様は確かに、彼女の魅力の一つ。

「貴様は相変わらず、のようだな。少しは要領良くやれているかと思っていたんだが」

「うぐっ。わ、悪かったな、こんな奴で」

現在論文難航中、なんて情けないことを嗅ぎ付けて馬鹿にしに来た、訳では無いのだろうとは思う。そんな時間は、彼女にはもう無い。

じゃあ何で来たんだろう。言い返した後で、そう考えた。

そして、正直に問う。

「なあ、何しに来たんだ?」

「……」

蒼の双眸が少し、見開かれた。

「……お前は、…正真正銘の馬鹿なのか?それとも忘れるぐらい忙しかったのか?」

「はあ?」

さっぱり思い当たりが無いんですけどー。そう言おうとした時、手の上に何か置かれた。袋。振ってみる。かさかさ、音が。

思わず炎山の顔を見上げる。ニホン人にしては白い彼女の頬が、ほんのり赤く染まっていた。

「明日、誕生日だろう」

「あっ、…」

そうだったろうか。壁に掛かっている月めくりカレンダー(今時珍しいアナログな一品)を見る。ロックマンが毎日律儀に赤丸を付けている、それは九日、すなわち今日で止まっている。

そして十日には枠一杯に「誕生日!」と書かれていた。誰の、とは言わずもがな。

「…忘れてた」

「……」

実験やら理論立てやら別のレポートやら、色んなことに押し立てられていて、すっかり頭から抜け落ちていた。

「ロックマン、教えなかったのか」

『忘れてる、とは思ってなくて』

言ってることと語調がまるで違う。あからさまなまでに呆れている。

凹む熱斗が流石に哀れだったのか、炎山は溜め息をつくと、跳ねまくりの鳶色の髪をぽんぽん、押さえた。

「明日はどうしても外せない商談があるからな。せめてと思って今日無理矢理、時間休暇を捩込んだ」

「え?……それってヤバいんじゃ」

「別に一時間ぐらい良いだろう。それに、どうせこの後は本社で会議があるだけだ」

ちょっとぐらいは友人に割いても、誰にも文句は言えない筈だ。誰よりも仕事をしているんだし、だいたいサボるためでもない。

さらりと言ってのけた友人に、熱斗は思わず笑った。笑ったついでに立ち上がる。

「…そうだな、今日はもう論文止めっ!明日考える」

『明日は誕生日だよ?良いの?』

「今年は一日繰り上げ!」

無茶苦茶なことを。思いながら、炎山も笑う。やっぱり、あんまり変わっていない。

ばたばたし始めたこの空気には四年前の懐かしさも漂っていて。たったの一時間でも良いから、ゆっくり味わいたい。



(心の平安なんて、そんなモノでも得られるだろう?)



11/06/10
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今年も来ましたぜい青組誕生日!
炎熱か熱炎かどっちかにしようとしたら熱+炎になりました。ま、良いか。とにもかくにもハッピーバースデー!
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