蒼さという無限の色彩
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流れ行く雲は適度な冷たさで頬を撫でていく。
その心地好さに身を任せながら、炎山はとろとろ、瞼を閉ざそうとする。
『炎山様。居眠りなどすれば落馬してしまいますよ』
「……」
低い声に止められた。
手放しかけていた手綱を握り締める。崩れていた体勢を直したところで安心したのか、ブルースの駆けるスピードが上がった。
伊集院炎山は名門貴族の末娘として生まれ育った、天馬騎士の少女である。
名門貴族の末娘、などと言えば少しは聞こえが良いのだろうが、実際には一般庶民の女との間に出来た子で、体面を重要視する貴族の父に認知されたこと自体が奇跡のようなものだ。よって彼女は、伊集院家に引き取られてからは放置同然の扱いを受けいた。天馬騎士の訓練も姉達の見様見真似に過ぎない。
それでも優れた才を持っていた炎山は、伊集院家に飼われていた特殊な天馬、ブルースに存在を見出だされ、現在二人で脱走を行っている最中だった。
『後少しでニホン地方です、炎山様』
「そうか…」
ニホン地方に行けば頼る当てがある。それまではこの空を飛んでいれば良い。政略結婚以外に価値の無い自分を父や兄姉達が探すことも無いだろう。
考えながらも、炎山の心は深く沈んでいた。自分にはその程度の価値しか無いのだろうか、少しでも天馬騎士としての、いや、娘としての自分を見てもらえやしないのだろうか−
『……炎山様?』
「…何でも、無い」
立て髪に顔を埋める。少しでも寂しさを忘れたいのだ。
(…)
主が肉親の愛情に飢えている、という事実には随分前、それこそ出会った時から気付いていた。
実の母親には早くに死なれ、父親からのアプローチも特に無く、義母達からは厄介者扱いの挙げ句放置。他家に嫁いだ長姉以外の兄姉には優しくされたことも無く、使用人達も彼女に関わろうとはしない。
疎外され続けてきた彼女にとって一番恐ろしいモノはいつも隣に張り付いていた孤独であり、欲しくて欲しくて仕方のないモノは誰かからの暖かさ…
かつては長姉から与えられていたそれを、今は自分に求めているのだろう。
『地上まで下ります、炎山様』
「……、ああ」
勢い良く雲を突き切る。
纏わり付いた水気が散る。気付けば眼下に広がる緑の森林。
(ニホン…)
後もう少しで、脱走劇は完全なモノとなる。終わってはいないのだから、気は抜けない。
『ところで、炎山様。ニホン地方のどの辺りにまで行けば良いのでしょうか』
「え?……、まあ、地方首都に行けば…」
『…着いてから先を考えるおつもりだったのですか?』
「……すまん。調べきれなかったんだ」
『別に、構いません』
地方首都が何処か、なら分かりますから。言いながら、ブルースの馬身がクルリ、どうやら南に飛ぶらしい。
「ブルース。今更だが、……付き合わせて、悪いな」
『別に…。気にしてはいません』
「だが、お前は俺よりも前からずっとあの屋敷にいたんだ。後で何かあったりとかはしないのか?」
『問題有りません。むしろ、"化け物"に去ってもらえて清々しているんじゃないんですか』
「……」
あまりにも無感情に言われれば、黙っているしかない。
重苦しい空気から逃れようと思って、空を見上げる。白い雲の漂う蒼い空。先程まで自分達が飛んでいた、この世のしがらみが存在しない楽園。
(俺は…)
楽園よりも、地上を選ぶのは人間故、なのだろうか。
人外であるブルースはどう思うのだろう。考えながら、しかし聞くようなことではないと判断した炎山は、視線を空から正面へ戻した。
11/05/10
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人語喋るペガサスってあんまいないよね。
炎山とブルースですね。兄姉に嫌がらせされる炎山って想像出来ないな…。適当に流してそうだ。