戻りたいなんて言わないから
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パチリパチリ。薪の燃える音。

ささくれ立った節の目立つ、粗末な作りの掘っ建て小屋。今にも音を立てて外れそうな木のドアの前で、一人の青年が僅かな風に煽られる炎を見詰めていた。

肩にも届かないぐらいに短い碧翠の髪、ぼんやりした水晶色の瞳。着込んだ緑色のコートは少年が、紛れも無くシャーロ軍所属の兵士であった事を示している。−"元"第十三部隊隊長、ライカ。

(…何故、こんなことに、)

なってしまったのだろう。自問しても答えは出ない。いや、答え自体は有るのだが認めたく無い。

夢なら醒めてしまえば良い。そう思う。思うのだけれど、現実である事を告げる足音が聞こえてくる。そして、血液独特の鉄臭さも。

「ああ、無事でいらしたのですね、ライカ様」

にっこり、笑いながら。自身のナビであるサーチマンが近寄って来た。…今直ぐ逃げたい、だけれど逃げれば殺される、目の前の男に。血飛沫を浴びた顔に歪んだ笑みを張り付けている、サーチマンに。



遡るのはほんの数時間に過ぎない。

友人である若き研究者、光熱斗が打ち立てた「コピーロイドを介さないナビの実体化理論」。あまりにも現実味が無く馬鹿馬鹿しいとされたこの研究はしかし、本人の知らぬ裏ではいくらでも利用されていた。

脆弱な人間などよりも遥かに戦闘能力の高いナビが、PETの保つ限り無制限に現実に出てこれるというのなら、これ程軍事的に良いモノは無いではないか!どうしても特定の組み合わせになってしまうクロスフュージョンなんかよりもいくらでも使い回しが効いて、量産性が高いから壊れても次を使えば良い。コストパフォーマンスもコピーロイドなどよりずっと優秀。利用しない理由など有りはしない!

サーチマンが研究部門で今回受けた実験もその一環だった。彼が避験体に選ばれたのは単純に優秀だったからだ。それが分かっていたし、そもそも逆らう理由も無かったから、ライカは彼を差し出した。隣室での待機は静寂で、…だんだん不安になってきた。

(…何故連絡が来ないんだ?)

自分はサーチマンのオペレーターなのだ。実験経過ぐらい説明しに来てくれても良いんじゃないか?

疑念と不安の命ずるまま見張りを説得して二人で実験室に踏み入れ、

ビチャッ!

「………?」

足元から不自然な音。水?

…いいや、これは。

「ああ、ライカ様。…少し、待っていて下さい」

暗闇の向こう。己のナビの、奇妙なまでに明るい声が聞こえた。彼以外に音や声を上げる者は、部屋には、いない。

パン。恐ろしい事実へと続く思考を吹き飛ばす音。振り返る。額に穴の開いた死体が一つ、ゴロリ。

「これで二人きり、ですね」

無邪気そのものの響き。今しがた死体を作った男の言葉に宿っていたもの。

グシャリ、研究者の屍を踏みながらサーチマンが近付いてくる。血塗れの腕が伸びてきた。−コロサレル。

反射的に足が引く。逃げようと思っても体が言うことを聞かない。

すうっ、赤く染まったサーチマンの手がライカの手を優しく掴む。純白の手袋が瞬く間に血色に変わった。

怯えで歪んだライカの表情には気付いているのかいないのか、それともどうでもよいのか。手の甲に恭しく口づけするサーチマンの様子からは読み取れない。

「行きましょう、ライカ様。ここは私達の居場所ではありません」

…何処に、とか。どうして、とか。言えなかった。



「私達を追跡していた部隊は壊滅させました。今日はここで休んでも大丈夫でしょう」

どこと無く嬉しそうに告げるサーチマンに、ライカは小さな、震える声で尋ねる。

「……何故」

「?」

「何故、殺したんだ…?」

たくさんたくさん。俺と二人きりになるためだけ?

問い掛けに、サーチマンはニコリ、笑った。狂気に満ちていた。



「貴方を愛しているからです」



「…愛?」

それはこんな行動で示されるようなモノだったのだろうか。

「私はやっと、現実世界に出てこれるようになりました。貴方と同じ世界で過ごせます。それなのに、」

駄目だ。人間の戦場に投入するには感情が強すぎる、感情レベルを下げなければ−

「困ります。私はライカ様への愛情が有るから戦えるのに」

だから殺したのだと。

…訳が分からない。それだけであの部屋にいてた者を、そして自分達を追跡していた部隊を−

「ライカ様。私は貴方を愛しています」

壊れ物に触れるかの如く優しく頬に当てられた手は、暖かかった。血の通った人間の手と同じ、でも目の前の彼は人間ではない、ネットナビだ。友人の技術を利用して現実世界に現れた。

「……俺は、…」

どう答えれば良いんだ。分からない。ただ、コワイ。

「ライカ様。今日はもう、お休みになって下さい」

緑の手袋に覆われた人差し指で唇を塞がれて。そう言われて、唐突に理解した。



(戻りたい、とか。…言えない)



友人にも部下にも身内にも会えないで、狂ったナビと永遠に二人きり。

…それも良い。少なくとも、こちらから会いに行かなければ、嫉妬に狂ったサーチマンに皆殺しにされずに済む。

コイツは俺を独占したいだけなんだ。そして俺に、見捨てられたく無いんだろう。否定したい心に言い聞かせて、無理矢理自分を納得させた。



(大丈夫。こんなことになる前に戻りたいなんて、言わないから)

(だからせめて、せめて−)



11/04/25
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狂ったサーチに翻弄されるライカ。企画「闇へ堕ちて」に参加させていただいた作品です。
闇サーチは病みサーチ。ライカには自分のこと以外考えて欲しく無いんだ。そしてライカは抵抗仕切れないんですよ。良いね、病みサチライ。
最後になりますが、企画参加させていただき、ありがとうございました。
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